「お休みなさいませ、王妃様。」
「お休みなさいませ。」
就寝の時間となり、セレステの部屋から女官がそう言って一人ずつ出て行った。
セレステは寝台に横たわると、読んでいた本から顔を上げて溜息を吐いた。
この頃、セレステは夜になっても満足に眠れないことが多かった。
一体何が原因なのか、彼女自身わからなかった。
「王妃様、陛下がお会いになりたいそうです。」
「陛下が?」
「ええ・・」
「支度をしますから、陛下に暫く待っていてくれるようにと伝えて頂戴。」
「わかりました。」
こんな時間にフェリペが自分に何の用だろうかと思いながらも、セレステは身支度を整えて寝室から出た。
「陛下、どうなさいました?」
「セレステよ、そなたクリスティーネの執事と親しいようだな?」
「アウグストはわたくしの遠縁の従弟ですよ。彼との間には・・」
「わかっておる。セレステ、母上がもう長くはないことは知っておろうな?」
「ええ・・それがどうかなさいましたか?」
「実は、最近母上の侍医の目を盗んで何者かが母上の薬に毒を盛ろうとしているようなのだ。」
「まぁ、恐ろしい事。」
「ウェリントンが殺され、その犯人は未だに何処に居るのかさえわからぬ。くれぐれも用心しておけ。」
「わかりました、陛下。」
フェリペはそっとセレステの額にキスすると、そのまま部屋から出て行った。
「陛下、わたくしのことを想ってくださっているのですね・・」
闇の中へと消えた夫に向かってセレステはそう呟くと、寝室へと戻っていった。
「お前、何故我が家の食糧庫から肉を盗もうとした?」
「うちには、食べ盛りの子どもがいて・・」
「肉ならば市場で買えばよい。」
「最近物価が高くて、俺達庶民は肉どころかパンにありつけるのもやっとで・・」
「お前達の生活が苦しいのはわかったが、盗みを働くなど言語道断だ。」
そう言って男を睨みつけたアウグストの蒼い瞳は、氷のように冷たかった。
「お嬢様、こいつを警察に突き出します。」
「アウグスト、今回は見逃してあげて。」
「お嬢様・・」
「あなたも生活が苦しいでしょうけど、このような事を二度としてはなりませんよ、わかりましたね?」
「あ、ありがてぇ!」
クリスティーネから家族分の食糧が入った袋を受け取った男は涙を流しながら何度も彼女に礼を言うと、裏口から外へと出て行った。
「あれでよかったのですか、お嬢様?」
「彼は二度と、盗みを働かないわ。」
「何故わかるのです?」
「彼の目を見てわかったわ。」
翌日、クリスティーネはアウグストとともにセレステの元を訪れた。
「お初にお目にかかります、王妃様。クリスティーネ=ファウジアと申します。」
「あなたが、クリスティーネね?陛下から話は聞いているわ。」
セレステはそう言ってじっとクリスティーネを見ると、彼女に優しく微笑んだ。
「15歳で家督を継ぐなんて、大変でしょうに。どう、宮廷には慣れた?」
「ええ・・ただ、パーティーで何を話せばいいのかわからなくて困っております。」
「そんなに深刻に考えることはないと思うわ。あなたにはアウグストという心強い味方が居るのだから、彼に頼ってみたらどうかしら?」
「王妃様・・」
「これから、仲良くしましょうね。」
清らかな聖女はそう言ってクリスティーネに微笑むと、そっと彼女に右手を差し出した。
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