将軍警護の為に上洛したといっても、千尋達の身分はあくまで京都守護職を任命された会津藩御預かりの身であり、正式な幕臣ではなかった。
それゆえ、千尋達が滞在している八木家や前川家の者達は、表面上は彼らに対して愛想よく振舞ってはいるものの、自分達の事を迷惑がっていることを千尋は知っていた。
突然見知らぬ男達が大勢家に押しかけては酒を飲み騒ぎ、部屋を占領したのだから彼らの気持ちは判らなくはない。
上洛するまで期待に胸を膨らませていた千尋だったが、八木家での息苦しい生活をしながら、自分は何故京に来たのだろうと思いながら毎日溜息を吐いていた。
(わたくしは、本当に京に来てよかったのだろうか・・)
千尋がいつものように、壬生寺の境内で溜息を吐いていると、そこへ一人の男児がやって来た。
「兄ちゃん、何してるん?」
何処の子だろうと千尋が俯いていた顔を上げると、子供は自分達が滞在している八木家の子供だった。
「別に・・」
「暇なら、一緒に遊んで。」
「えっ」
子供は有無を言わさず千尋の手を掴むと、彼を友人たちの元へと連れて行った。
千尋ははじめ彼らとどう遊べばいいのかわからず戸惑っていたが、次第に彼らと打ち解けていった。
「ぼっちゃん、お名前は?」
「うちは為三郎いうねん。兄ちゃんは?」
「わたくしは、千尋というのですよ。」
「千尋兄ちゃん、これからよろしくな。」
「ええ、宜しくね。為三郎君、もう日が暮れるからおうちに一緒に帰りましょう?」
「うん。」
千尋が為三郎の手を握りながら彼とともに壬生寺の境内から出ようとしたとき、為三郎が小石に躓いて転倒し、彼は膝を擦りむいた痛みで泣いた。
「膝の怪我、見せてごらんなさい。」
為三郎の膝を見た千尋は、擦りむいた箇所が血で滲んでいることに気付いた。
「為三郎君、立てる?」
千尋の問いに、為三郎は首を横に振った。
「千尋兄ちゃんが、家まで背負ってあげる。」
「そんなこと、できん・・」
「じゃあどうするの?このままおうちの人が迎えに来るまで、ここで待っているの?」
為三郎に意地悪な質問をぶつけてしまったなと千尋は後悔したが、千尋の言葉を聞いた彼は無言で首を横に振った。
「家まで、送ってくれへん?」
「わかった。落ちたら危ないから、じっとしているんだよ、いいね?」
「・・うん。」
為三郎を背負いながら千尋が八木邸に戻ると、家の中から血相を変えた為三郎の母・雅が出てきた。
「まぁ、うちの子が迷惑をお掛けしてしもうてすいまへん。」
「いいえ。為三郎君は膝を擦りむいてしまっているので、早く彼を手当てしてやってください。」
「おおきに。」
雅は何度も千尋に礼を言いながら、為三郎の手をひいて家の中へと戻っていった。
「為三郎、後であの兄ちゃんにお礼言いよし。」
「わかった。」
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