「荻野、こいつが中庭で倒れていた奴か?」
千尋が少年とともに夕餉の膳を大広間に運ぶと、長身の男がそう言って千尋と少年を交互に見た。
「お前、名前はなんていうんだ?」
「荻野千尋と申します。」
「へぇ、同姓同名で同じ顔をしたやつって本当に居るんだな。俺は原田左之助だ、宜しくな。」
「宜しくお願いします、原田さん。」
「お前、幾つになるんだ?」
「17になります。」
「荻野と同い年か。」
「てめぇら、何していやがる?」
原田が千尋に絡んでいると、大広間に歳三が入って来た。
「千、今夜は荻野と同じ部屋で寝ろ。」
「わかりました。」
夕餉の後、千尋は少年と同じ部屋で寝ることになった。
「そのカメオのペンダントは君の?」
「ええ。この首飾りは、わたくしの母親の形見なのです。」
少年は首に提げているカメオのペンダントを握り締めると、溜息を吐いた。
「君のお母さんは・・」
「わたくしを産んだ後に亡くなりました。何でも、エゲレスの貴族の娘だったと父から聞いております。」
「そう・・僕には母さんが居るけれど、実の父親の顔は知らないんだ。」
「あなたは、お父上を亡くされたのですか?」
「違う。複雑な事情があって実の父親と、僕の母さんは僕がお腹に居たときに別れてしまった。今、実の父親が何処で何をしているのかがわからない。」
「そうですか。」
「兄弟は、居るの?」
「ええ。腹違いの兄が二人おります。あなたは?」
「僕には、父親違いの兄と弟が居るけれど、余り仲が良くなかったな。」
「そうですか。わたくしは父が外で作った妾の子なので、上の兄はわたくしに対して優しくしてくださいましたが、下の兄はわたくしのことを疎んじておりました。」
「そう・・」
どうやら少年と千尋は、顔や名前だけではなく、家庭環境も同じらしい。
「実家は江戸にありますが、そこには居場所がなくて、二年前に上洛したのです。」
「そう。上洛する前は、何をしていたの?」
「塾や道場に通い、勉学や鍛錬に励んでおりました。あなた様は?」
「僕も君と似たような場所に通っていたけれど、そこにも居場所はなかったなぁ・・」
千尋の脳裏に、教室の片隅で座っていた自分の姿が浮かんだ。
友達を作ろうとするほど空回りして、いつしか千尋の周りには誰も居なくなってしまった。
家庭には、学校よりも自分の居場所があったが、いつも義理の父親とその子供達に気を遣っていた。
「どうなさったのですか?」
「ちょっと嫌な事を思い出しちゃって・・」
「そうですか。では、これから宜しくお願いいたします。」
「こちらこそ、宜しく。」
こうして千尋こと千は、少年―自分と同姓同名の荻野千尋とともに新選組で暮らすことになった。
「千、土方さんが呼んでいるぞ。」
「わかりました、只今参ります。」
翌朝、千尋が歳三の部屋に入ると、彼は文机に向かって仕事をしていた。
「副長、何かご用でしょうか?」
「茶をいれてくれ。」
「わかりました。」
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