罵声と怒号が飛び交う体育館の隅に、千は立っていた。
「このたびは誠に、本当に申し訳ありませんでした!」
壇上に立っていた校長をはじめとする教師達は、保護者達に向かって頭を上げた。
「謝れば済むとでも思っているのか!?」
「そうよ、土下座しなさいよ!」
保護者達の間から土下座コールが湧き起り、教師達は一列になって土下座した。
すると保護者の一人が壇上に上ると、無抵抗な教師の一人を殴った。
その後に続けとばかりに、他の保護者達も次々に壇上に上がっては、教師達に罵声を浴びせた。
(やめて・・先生達は悪くない。)
そう声を大にして叫びたいのに、千はその場から動くことも、声を出すこともできなかった。
その時、彼はまた夢の中に居るのだと解った。
やがて体育館の混沌とした風景が白く霞かかったように徐々に薄れてゆき、銭の目の前に闇が広がった。
「千君、大丈夫ですか?酷く魘(うな)されていましたよ?」
「沖田先生・・すいません、寝坊してしまいました。今日は初稽古の日なのに・・」
「土方さんからはわたしが事情を話しておきましたから、君は何も心配することはありませんよ。」
「有難うございます。」
千は厨房で朝餉の準備をしながら、あの夢は本当に自分が居た世界で起きたことなのかという疑問を抱き始めていた。
夢は、時として己の欲望を見せることがあると、昔読んだ本の中に書かれてあった。
だが、あの光景は千が望んだものではない。
それに、もし仮にあんな悪夢のような光景が、実際に自分が居た世界で起きているとしても、千はどうすることも出来ない。
現代に戻る術が見つからないのだから。
「千君、どうしました?」
「少し悪夢に魘されてしまって・・その所為で眠気が残っているようです。」
「そうですか。そういう時は、熱い茶を一口飲むと眠気が覚めますよ。」
「有難うございます。」
「この生活に慣れるのは時間がかかりますから、余り焦らないでくださいね。」
「はい。」
総司に優しく背中を叩かれ、千がそう言って彼に頭を下げえると、総司は千に優しく微笑み、厨房から出て行った。
(忘れよう。)
自分が居た世界の事は、暫く忘れてしまう方がいい。
夢であんな光景を見ても、自分にはどうすることができない。
それよりも、幕末でどう生き抜いていったらいいのかを考えなければ。
「千君、おはよう。」
「おはようございます、斎藤先生。」
「後で副長から連絡があるだろうが、君はもう蔵に食事を運ばなくていいことになった。」
「何故ですか?」
「それは、後で副長に聞けばいい。」
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