「申し訳ございません、アイリス様。次こそは必ずあの少年を・・」
「二度目の失敗は許さないわよ。あなた達はもう下がりなさい。」
男達は椅子に座っていた女性に一礼すると、そのまま部屋から出て行った。
「奥様、お客様がお見えです。」
「こちらにお通ししてくれる?」
「はい・・」
メイドはこの若い女主人が不機嫌なことに気づいたが、敢えて気づかぬふりをして玄関ホールで客を出迎えた。
「奥様がお会いになられるそうです、客間へどうぞ。」
「有難う。」
アリティス帝国警察庁警視・リチャードはメイドとともにこの館の女主人・アイリスが居る客間へと向かった。
「あら、警視様がわたくしに何かご用かしら?」
「アイリス様、本日も実に麗しいですね。」
「随分とお世辞がうまいのね。あなた、お客様にお茶をお出しして。」
「はい、奥様。」
メイドが客間から出ると、アイリスは椅子から立ち上がり、自分の前に立っているリチャードを見た。
彼とアイリスが会ったのは、王立競馬場だった。
そこでアイリスはひったくりに遭い、彼女のバッグを取り戻してくれたのがリチャードだった。
いつしか互いに惹かれあっていた二人だったが、まさかリチャードが警察関係者だとは思わなかった。
「最近、社交界で妙な噂が広がっているのはご存知ですか?」
「妙な噂?」
「ええ。何でも今は亡きマリア皇女様がお産みになった娘の孫が、カイゼル公爵家の孫だとか。」
「知りませんわ、そのような噂。わたくし、余り社交界には出ておりませんの。」
「あなたのようなお美しい方が、このような豪華なお屋敷でパーティーも開かずにいるなんて、不思議ですね。」
「このお屋敷は、わたくしの物ではないの。亡くなった父が所有していたもので、父が生前遺した借金の担保にされているから、わたくしが勝手にこのお屋敷で舞踏会なんて開けないのよ。貴族といっても、うちは貧乏なのよ、警視さん。」
「これは失礼を、奥様。では、先ほどのお話に戻ることにいたしましょう。」
リチャードがそう言ってアイリスを見た時、メイドが紅茶と菓子を載せたワゴンを押しながら客間に入って来た。
「わたくしが、マリア皇女様の孫君様のことなどご存じないでしょう。もし知っていたら、真っ先にあなたにお教え致しますわ。」
「そうですか、ではわたしはこれで失礼いたします。」
「お客様のお帰りよ。」
「はい、奥様。」
(何だか妖しいな、あの女。)
アイリスの館を後にしたリチャードは、カイゼル公爵家へと向かった。
「旦那様、警察の方がお見えになっております。」
「警察がこの家に何の用だ?」
「それが、旦那様にお会いしたいとだけおっしゃっておられて・・どうなさいますか?」
「通せ。家の前で派手に騒がられたら迷惑だからな。」
「はい・・」
「お祖父様、警察の方がうちに何の用なのでしょう?」
「リン、お前は何も心配せずに馬術の稽古を受けなさい。」
「はい、お祖父様。」
トムはカイゼルの部屋を出た後、廊下で一人の青年と擦れ違った。
(もしかして、彼がカイゼル公爵の孫か?)
リチャードはそう思いながら、トムの胸元に輝いているブローチをチラリと見た。
素材提供:素材屋 flower&clover様
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