皇妃・エリザベートの依頼を受けたアレックスは、その日から工房に寝泊まりしながら仕事に取り掛かった。
「よおアレックス、えらく張り切っているな。」
「兄貴、おはようございます。」
アレックスがスケッチブックにネックレスのデザインを描いていると、彼の兄弟子であるレックスが工房に入って来た。
「師匠から聞いたぞ。お前ぇ、皇妃様から直々にご依頼を受けたんだって?」
「ええ・・」
「あんまり根詰めるなよ。これ、眠気覚ましのコーヒー。ここに置いておくぞ。」
「有難うございます、兄貴。」
レックスから受け取ったコーヒーを一口飲んだ後、アレックスは完成したデザイン画を見た。
「師匠、相談したいことがあるのですが、今失礼しても宜しいでしょうか?」
「どうぞ。」
「ネックレスのデザイン画を何パターンか考えてみました。」
「いいな。どのデザインも斬新でセンスがいい。」
ユリウスはアレックスのデザイン画をチェックしながら、彼が素晴らしい才能を持っていることに気づいた。
(この若者は、いつか自分を超えることだろう。自分の生のある限り、儂はこの若者を支えるだけだ。)
「師匠?」
「すまん、少し考え事をしていた。アレックス、お前がやりたいようにやってみなさい。」
「わかりました。」
工房へと戻ったアレックスは、ユリウスの様子が少しおかしいことに気づいたが、すぐさまそれを忘れて仕事に取り掛かった。
「ルシウス様、リンは大丈夫なの?」
「ええ。この前、皇妃様がリンに王室御用達のチョコレートを贈ってくださいましたよ。」
「そう。リンはシャルロッテ様のお命を救ったから、皇妃様のお気に入りとなったのね。あの子は賢くて勇気がある。」
「誰かのように権謀術数を張り巡らすことだけが、宮廷で生き抜く知恵とは限りませんからね。リンは、その誰かよりも上ですね。」
「ええ、まったくだわ。」
アイリスはそう言った後、扇子を閉じた。
トムは盛大なくしゃみをした後、慌ててハンカチで鼻元を押さえた。
「どうした、風邪か?」
「いいえ、誰かが僕の噂をしていたようです。」
「そうか。もし風邪ならすぐに休めよ?」
「わかっています、お父様。」
何かと自分に気に掛ける歳三に笑顔を浮かべながら、トムはこのまま凛として生きることを決意した。
貧しく、卑しい育ちから抜け出し、富と権力を手に入れる為に。
「トシゾウ様、病院の方がいらっしゃいました。」
「わかった、すぐ行く。」
「病院の方とは、フェリシアお祖母様に何かあったのでしょうか?」
「お前は何も心配せずに、食事を続けろ。」
歳三はトムの問いにそう答えると、ダイニングルームから出て行った。
「トシゾウ様、お久しぶりです。」
「こちらこそご無沙汰しております、先生。義母が何か問題でも起こしましたか?」
「奥様は、昨夜持病が悪化され、危篤状態に陥りました。奥様は自分の命があるうちに、あなた様に真実を話したいとおっしゃっています。」
「真実だと?」
「ええ・・あなたの母親と、あなたの恋人の両親を殺した人間を知っていると、奥様はそうおっしゃっています。」
「わかりました、すぐに義母に会いに行きます。」
歳三はカイゼル家を出ると、フェリシアが入院している病院へと向かった。
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