『お前、そこで何をしている?』
『厨房の手伝いをしています。』
『お前がそんなことをする必要はない。』
襷掛けにほっかむり姿の環を睨んだルドルフは、彼の手を掴んで厨房から出て行った。
『わたしを何処へ連れて行く気ですか?』
『お前はわたしの連れだと言ったが、使用人だと言った覚えはない。』
そう言ったルドルフは、環を睨んだ。
『わたしが厨房の手伝いを買って出たんです。ですからゲオルグさんを責めないでやってください。』
『ゲオルグが、お前にそんなことを命じたのか?』
環の言葉を聞いたルドルフは、眦(まなじり)をつり上げた。
『殿下、大きな声を出されてどうなさったのですか?』
『ゲオルグ、お前はタマキに厨房の手伝いを命じたそうだな?』
『はい、そうですが・・』
『わたしはタマキを使用人だと言った覚えはない。タマキはわたしの大切な客人だ、その事を肝に銘じておくように。』
口調こそは穏やかなものの、ゲオルグを見つめるルドルフの目は冷たかった。
『申し訳ございません・・』
『解ればいい。タマキ、行くぞ。』
ゲオルグを廊下に残し、大広間へと向かうルドルフを、環は慌てて追いかけた。
大広間にルドルフが現れると、華やかなドレスや宝石で着飾った貴族の令嬢や婦人達が彼に熱い視線を送った。
―ルドルフ様だわ・・
―今夜もいつになく素敵ね・・
ドレスの波間から聞こえる囁きに耳を澄ませた環は、この時初めてルドルフが高貴な身分の人間であることを知った。
それと同時に、自分がこのような場所に於いてとても場違いな人間であることに気づいた。
皇太子と手を繋いでいる珍妙な服と髪型をした見知らぬ少女に、貴族達は好奇の視線を向けた。
(怖い・・)
英国へと向かう船の中で数え切れぬ程客の前で踊ったが、観客達はいつも歓声と喝采を送ってくれた。
こんな、冷たく敵意に満ちた視線は知らないし、知りたくもない。
『ルドルフ様、そちらの素敵なお嬢さんはどなた?』
衣擦れの音と共に、一人の貴婦人が二人の元へとやって来た。
環は思わず恐怖でルドルフの背に隠れてしまった。
『こちらはわたしの連れでね、こういった場所には不慣れなのです。』
『まぁ、そうですの。お嬢さん、あなたお仕事は何をなさっているの?』
『舞を舞っています。』
『まぁ、舞? どんな物なのか、見てみたいわ。そうでしょう、皆さん?』
貴婦人の言葉に、その場に居た者が同意の拍手を送った。
(そんな・・急に言われても・・)
どう答えればいいのか解らず、環は俯いた。
『どうなさったの?』
『いえ、わたしはこれで失礼いたします。』
『それじゃぁ、わたしが伴奏を致します。』
環がその場から立ち去ろうとした時、三味線を抱えた小春が大広間に入って来た。
「小春姐さん、その三味線どうしたんですか?」
「詳しい話は後でするよ。環ちゃん、あたしに任せな。」
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