『ルドルフ、お前をここに呼んだのは・・』
『タマキのことでしょう、父上?』
『話が早くて助かる。そこへ座れ。』
ルドルフはフランツが指した椅子の上に腰を下ろした。
『父上、わたしはタマキと別れるつもりはありません。』
『そうか。では、これからどうするつもりだ?』
『皇太子としての責務を果たします。いずれはわたしに相応しい家柄の娘を娶り、後継ぎを儲けます。』
息子の言葉に、フランツの顔から怒りの表情が消え、代わりに安堵の表情が浮かんだ。
『ルドルフ、お前がここに来るまでお前が変な気を起こすのではないのかと心配していたが、それは杞憂に終わってよかった。』
『父上、わたしが貴方を心配させるような事を今までしてきましたか?』
『お前を少しでも疑ってしまったことを許してくれ、ルドルフ。』
『いいえ。』
フランツに抱き締められながら、彼の肩越しにルドルフは乾いた笑みを口元に浮かべた。
『殿下、陛下とどのようなお話をされたのですか?』
『父上には皇太子としての責務を果たすと伝えておいた。これで暫くは父上がわたしを疑いの目で見ることはないだろう。』
『そうですか、それは宜しゅうございました。』
『ゲオルグ、タマキは今どうしている?』
『タマキ様は、お屋敷でコハル様とユーシュン様と三人で舞の稽古をしております。』
『舞の稽古?』
『広い屋敷に引き籠ってばかりいたら退屈だろうからと、コハル様が提案されたそうです。』
『それは良かった。近い内に顔を見せると伝えておいてくれ。』
『はい。』
プラハから戻ったルドルフは、多忙な公務の合間を縫って、タマキに会いに行った。
『ルドルフ様、そう毎日お顔を出されなくても宜しいのに。最近はお忙しいと聞いておりますよ?』
環はそう言うと、ルドルフにコーヒーを出した。
『根詰めてばかりいると疲れる。偶(たま)には息抜きをしてもいいだろう?』
ルドルフはソファから立ち上がり、環を自分の方へと抱き寄せると、彼の首を強く吸い上げた。
『いけません、こんな日の高い内から・・』
『この屋敷には、わたしとお前しか居ない。誰に遠慮することがある?』
ルドルフは意地の悪い笑みを口元に浮かべると、環は渋々と彼の唇を塞いだ。
ルドルフに流されるままに、環は彼とソファの上で睦み合った。
『こういう所でするのも、刺激的でいいな。』
『何をおっしゃいます。』
『ホテルの廊下でした時、お前は結構興奮していただろう?忘れたとは言わせないぞ?』
『その事はもう忘れてくださいませ。』
環がそう言って頬を羞恥で赤く染めると、ルドルフは優しく彼の黒髪を梳いた。
『少し伸びたか?』
『ええ。でもまだ貴方様とお会いした時の長さにはまだ足りませんが。』
『知っているか、タマキ?今巷ではお前の髪型が流行っているそうだ。』
『わたしの髪型が?』
『ああ。女性誌がお前の髪型を紹介して、わたしの寵愛を得ようと企んでいる貴族の令嬢達が一斉にお前の真似をしたらしい。馬鹿な事をするものだな、女は。』
『女の方は流行に敏感なのですよ。わたしも時折女性誌を小春姐さんから借りて読んでいますし。』
『ほう、男のお前が女性誌を読むなど珍しいな。そこにはどんなことが書いてあるんだ?』
『それは殿方には秘密にしておくようにと、小春姐さんから言われました。』
『お前も男だろう、少しは教えてくれてもいいじゃないか?』
『なりません。』
ルドルフと環がソファの上で二人だけの世界に浸っていると、外から誰かが激しくドアをノックする音が聞こえた。
『誰か来たのでしょうか?』
『この屋敷の存在は、限られた人間しか知らない筈だ。』
ルドルフはそっと環を自分の膝の上から降ろすと、素早く身支度を整えてドアの方へと向かった。
『誰だ?』
『ルドルフ、俺だ、早くドアを開けろ。』
ルドルフがドアを開けると、中にヨハンが入って来た。
『お前が屋敷を買ったという噂を聞いたが、やはりこういう事か。』
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