「環ちゃん、何をしているんだい?」
小春が環の屋敷を訪れると、彼はソファに座って針を動かしていた。
「救護院に来る女の子達に、贈ろうと思っているんです。」
「へぇ、綺麗な刺繍だね。ちょいと見せておくれ。」
「どうぞ。」
小春が環の作った刺繍入りのリボンを見ると、そこには美しい蝶の刺繍が施されていた。
「あとどれだけ、作るんだい?」
「そうですね、あと300個くらい作らないといけません。」
「一人じゃ大変だろうから、あたしも手伝うよ。」
「有難うございます。」
「あんた、聞いたよ。救護院の子供達に懐かれて、皇太子様が焼きもちを焼いているんだってね?」
「ええ。でもルドルフ様は男の子達から慕われて、彼らと一緒に遊んでいる時は本当に楽しそうなお顔をされています。」
「まぁ、そんな皇太子様のお顔を独り占めできるんだから、あんたの事を羨ましがっている貴族のお嬢さん方が居るんじゃないのかい?」
小春がそう言って環を揶揄(からか)うと、彼は笑って新しいリボンに刺繍を施し始めた。
その時、誰かがドアをノックする音が聞こえた。
『夜分遅くに失礼いたします。』
そう言って居間に入って来たのは、皇帝付きの侍従だった。
『皇帝陛下が、あなたをお呼びです。』
『解りました、すぐに参ると皇帝陛下にお伝えください。』
環は針仕事を止めると、ソファから立ち上がった。
「姐さん、すいません。急用ができてしまって・・」
「こっちはあたしがやっておくから、気を付けて行っておいで。」
「それでは、行って参ります。」
小春にそう言って頭を下げ、環は皇帝付きの侍従とともに屋敷を出て馬車に乗り、王宮へと向かった。
『陛下、タマキ様がいらっしゃいました。』
『通せ。』
『大変ご無沙汰しております、皇帝陛下。』
『タマキ、今日はお前に話したいことがあって、お前を呼んだ。話とは、お前とルドルフの今後のことだ。』
『それは、わたしにルドルフ様と別れろと、そうおっしゃっておられるのですか、陛下?』
『いや、その逆だ。』
フランツはそう言うと、自分の前に立っている環を見た。
『お前には、ルドルフの支えになって欲しいのだ。』
『ルドルフ様の、支えに?』
『明日から、お前は皇太子付きの女官として、ルドルフの傍に仕えて貰う。』
『陛下、そのような事を急に言われましても、わたしは・・』
『これはもう決定したことだ、お前に拒否権はない。』
『ルドルフ様は・・皇太子様はこの事をご存知なのですか?』
『わたしが独断で決めたことだ。タマキ、話はそれだけだから、もう下がってよい。』
『では、失礼いたします。』
皇帝の私室から出た環は、溜息を吐きながら王宮の廊下を歩いた。
今までルドルフと自分の関係を認めようとしなかったフランツが、急に掌を返したかのように自分を皇太子付きの女官に命じたことに、環は少し納得がいかないでいた。
本当にフランツは、自分達の関係を認めてくれたのだろうかーそんな事を想いながら環が廊下から王宮の外へと向かおうとしていると、彼は突然誰かにぶつかった。
『すいません、お怪我はありませんでしたか?』
『タマキ、どうして王宮に居るんだ?』
『ルドルフ様・・』
思いもかけぬところで環はルドルフと会い、彼にフランツから王宮へ呼び出されたことを話そうかどうか迷っていると、不意にルドルフが環の手を掴むと、スイス宮へと向かった。
『お前が王宮に居るということは、大方父上に呼び出されたからだろう。父上から何を言われたんだ?』
『明日から、皇太子付きの女官として、ルドルフ様のお傍にお仕えするようにと命じられました。』
『そうか・・』
ルドルフは環の言葉を聞くと、窓の外を見た。
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