ルドルフがマイヤー司祭の部屋から出て、王宮の廊下を歩いていると、向こうからマリア=ヴァレリーとフランが自分の方にやって来るのが見えた。
『お兄様、タマキを何処へ隠したんですの!?』
『何の話だ、マリア=ヴァレリー。』
『すいませんルドルフ兄様、まだ事件の事をヴァレリーは知らないのです。』
フランはそう言って申し訳なさそうにルドルフに向かって頭を下げた。
『ヴァレリー、わたしはタマキなど隠してはいない。』
『じゃぁタマキは何処に居るんですの?』
『タマキは今、怪我をしてわたしの知人の家で療養中だ。まだ見舞いには行けないぞ。』
『お兄様ばかり、タマキを独占して狡いですわ!』
ヴァレリーはそう言って頬を膨らませると、フランと共にルドルフに背を向けて走り去っていった。
『ヴァレリー、廊下を歩いていたらまた女官に叱られるって・・』
『タマキ、大丈夫かしら?』
ヴァレリーは今にも泣きそうな顔をフランに向けると、彼はそっと彼女の髪を撫でた。
『大丈夫だよ。だからそんな顔をするなよ。』
『うん・・』
フランがヴァレリーを慰める姿を、ルドルフは密かに見ていた。
一方、クリストフ司祭の刃を受け負傷した環は、徐々に回復していった。
『お身体の具合は、もう良さそうですわね。』
『ええ。少し起き上がったら背中が痛むだけで、後は大丈夫です。』
『そうですか。それよりもクリストフ司祭様は、一体何故このような事をなさったのでしょう?』
『それは、解りません。ただ、あの人はこの世に何か不満を持っていたように思えてならないのです。』
『そうね・・この世は必ずしも平等にできていないもの。誰かが不満を持っていてもおかしくはありませんものね。』
アンネロッテは溜息を吐いた後、紅茶が入ったカップを環に差し出した。
『お嬢様、お客様がお見えです。』
『解った、今行くわ。じゃぁタマキさん、後でお会いしましょう。』
『はい。』
環は紅茶を一口飲むと、寝台から降りて、夜着からドレスに着替えた。
アンネロッテが一階の客間に入ると、そこにはマリア=ヴァレリー皇女と彼女付きの女官がソファに座っていた。
『まぁ、マリア=ヴァレリー様、お久しぶりでございます。』
『アンネロッテ、ここにタマキが居るってお兄様からお話を聞いたの。タマキに会わせて頂けないかしら?』
『申し訳ありませんが、タマキさんはまだ・・』
『まぁヴァレリー様、わざわざお見舞いに来てくださったのですか?』
『タマキ、もう元気そうね。背中の傷は大丈夫なの?』
『ええ。』
マリア=ヴァレリーに抱き締められ、環は背中の傷が少し疼いて痛みで顔を顰めたが、マリア=ヴァレリーに笑顔を浮かべた。
『タマキさん、もう起き上がっても大丈夫なのですか?』
『はい。アンネロッテ様、今までお世話になりました。』
『いいえ。マリア=ヴァレリー様、行きましょう。』
環はアンネロッテに頭を下げると、マリア=ヴァレリーの方へと向き直り、彼女の小さな手を握った。
環がマリア=ヴァレリーと共に王宮へと戻って来た事をルドルフが知ったのは、その日の夕方の事だった。
『ルドルフ様、勝手な事をしてしまって申し訳ありません。』
『いや、お前が無事にわたしの元に帰って来てくれて嬉しい。』
ルドルフはそう言うと、環の手に優しくキスした。
『今夜、寝所へ参ります。』
『解った、待っている。』
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