「姐さん、その傷どうしたんですか?」
「ああ、これかい? 昼間エリザベスさんと道を歩いていたら、突然誰かに背中を押されてねぇ。危うく馬車に轢(ひ)かれるところだったよ。」
環は夕飯の支度を小春としていると、彼は彼女の右手に包帯が巻かれていることに気づいた。
「一体誰が、そんなことを?」
「さぁね。エリザベスさんも誰だか解らなかったって言っていたよ。何だか気味が悪いねぇ。」
「そうですね。手は痛みますか?」
「ただの掠り傷だったから、大したことないよ。それよりも今日は、エリザベスさんは来ないのかい?」
「ええ。今夜は顔合わせのお食事会なのですって。」
「上手くいくといいねぇ。」
環と小春がそんな話をしている頃、エルンストとエリザベスは互いの家族と初めて顔を合わせて食事をすることになった。
『貴方が、エルンストさんね?妹から話は聞いているわ。これから妹の事を宜しくね。』
『は、はい・・』
『エルンスト、そんなに固くならなくてもいいだろう?』
『でも・・』
『済みません、弟はてっきり貴方達に怒られるのではないかと不安になっているのです、どうか許してやってください。』
『許すも何も、エリザベスにこんな素敵な方がいらっしゃるなんて嬉しいですわ。ねぇあなた?』
『ああ。エリザベス、エルンスト君と結婚したらウィーンに住むのか?』
『はい。』
『結婚式が今から楽しみね。』
『エリザベス、結婚式のドレスはわたしが作ってあげるわね。』
『有難う、お姉様。』
両家の食事会は、終始和やかな雰囲気のまま終わった。
『あぁ、少し食べ過ぎて胃がもたれてしまったわ。』
『本当ね。コルセットを付けていなかったらもっと沢山食べられたのに。』
エリザベスは姉と両親と共に、彼らの宿泊先のホテルで久しぶりの家族団欒(かぞくだんらん)を過ごしていた。
『エリザベス、その指輪はエルンストさんが?』
『えぇ、素敵でしょう?』
『素敵ね。何だかわたし、貴方が急に羨ましくなってしまったわ。』
『どうして?お姉様は仕立屋として上手くやっているじゃないの。』
『仕事は上手くいっているけれど、それだけでは幸せになれないことだってあるのよ。幸せの形は、ひとつだけじゃないわ。』
『そうね・・ねぇお姉様、結婚式のドレスの事なんだけれど・・』
『今から採寸しましょうか。こうして貴方と二人きりで過ごすのも、後少しだし。』
『ええ、お願いするわ。』
エルンストとエリザベスの結婚準備が着々と進んでいる中、ウィーン市内では降霊会による霊感商法絡みの事件が相次いで起きた。
「ねぇ環ちゃん、こんな壺で運気を呼び寄せられるのかねぇ?」
「さぁ・・」
「詐欺師何てものは、金の為に何でもやるものだね。」
小春はそう言って溜息を吐くと、ソファから立ち上がった。
「姐さん、何処に行くのですか?」
「ちょっと仕事を探しにね。一日中家の中でじっとしているのも退屈だから、何か手に職をつけようと思ってね。」
「そうですか。姐さんの幸運を祈ります。」
「有難う、それじゃぁ行ってくる。」
職探しに出掛けた小春は、早速美容室で髪結いの仕事を見つけた。
『貴方がマダム・コハルね。これから宜しくお願いしますね。』
『ええ、こちらこそお願いします。』
髪結いとして働き始めた小春は、たちまち美容室の客達の人気者となった。
だが、彼女の人気を妬む者もあらわれた。
にほんブログ村