「ヴァレリーおばさま。」
「あらエルジィ、こんな所で何をしているの?」
「お父様に会いたくて来たの。」
「そう。ねぇエルジィ、アレクサンドラは今何処に居るのか、知っているの?」
「ええ、知っているわ。アレクサンドラお姉様は赤ちゃんを産むために病院に居るの。」
ヴァレリーの質問に、エルジィは屈託のない笑みを浮かべながらそう答えた。
「ねえエルジィ、貴方は赤ちゃんが生まれてくることが嬉しいの?」
「嬉しいわ。だって、アレクサンドラお姉様が赤ちゃんを産んだから、わたしにとっては弟や妹と同じようなものだって、お父様が話してくださったもの。」
姪の言葉を聞いたヴァレリーは驚きのあまり絶句した。
「ヴァレリーおばさま、どうしたの?」
「エルジィ、アレクサンドラの事は、貴方のお母様には言っていないの?」
「ええ。お父様が秘密にしていなさいって言われたから、黙っているわ。お母様は、アレクサンドラお姉様が嫌いだから。」
「そう・・」
「エルジィ、どうした?」
廊下でヴァレリーとエルジィが立ち話をしていると、そこへルドルフが通りかかった。
「お父様、さっきヴァレリーおばさまと赤ちゃんのお話をしていたの。」
「ほう、そうか・・エルジィ、そろそろお部屋に帰らないとお母様が心配するよ?」
「お父様と一緒にいたい。」
「わがままを言ったら駄目だよ、エルジィ。」
なかなか自分の部屋に戻ろうとしないエルジィに、ルドルフはそう優しく宥めながら彼女の小さな身体を抱き上げた。
「ねぇお父様、アレクサンドラお姉様はいつ帰って来るの?」
「赤ちゃんが生まれたら、赤ちゃんと一緒にここに帰って来るよ。」
「本当?」
「ああ、本当だよ。だからエルジィ、余りお父様やアレクサンドラを困らせてはいけないよ、わかったね?」
「はい、お父様。」
ルドルフに抱かれながらエルジィが母の待つ部屋に入ると、彼女は険しい表情を浮かべ、両腕を胸の前で組みながらドアの前に立っていた。
「エルジィ、何処へ行っていたの?」
「ごめんなさいお母様、どうしてもお父様に会いたくて・・」
「これからお父様にお会いするときは、わたしに言ってから会いに行きなさい。黙って何処かへ行かない事、いいわね?」
「はい。」
いつもはルドルフに会うと解ると、烈火の如く怒り狂うシュティファニーが、今日に限って何故かエルジィに対して優しかった。
「貴方、後でお話があります。」
「何だ、わたしは忙しい、後にしてくれないか?」
「エルジィ様、あちらで遊びましょうね。」
世話係の女官が気を利かしてエルジィの手を取り、彼女を連れて部屋を出るのを見送ったルドルフは、自分を睨みつけているシュティファニーの方へと向き直った。
「話とは何だ?手短に済ませろ。」
「アレクサンドラが、貴方の子を身籠っていると噂で聞きましたわ。エルジィがこの前、嬉しそうにヴァレリー様とお話しされている所を見ましたわ。後であの子にその事を尋ねたら、何も知らないと・・」
「それで?」
「あの子は・・アレクサンドラは何処に居るの?貴方が隠していらっしゃるのは解っているのよ!」
「アレクサンドラは入院している。だが、何処の病院に居るのかをお前に教える義務はない。」
「貴方は獣ですわ!実の娘と肉体関係を持っただけではなく、その娘に自分の子を産ませるなど・・貴方は、神を恐れないのですか?」
「神だと?笑わせるな、わたしにそんな事を言ってわたしが教会で懺悔(ざんげ)するとでも思うのか?」
「貴方・・」
「シュティファニー、この事をもし口外したら、お前の命はないと思え。」
そう言ったルドルフの蒼い瞳が、鋭い光を放った。
妊娠22週目を迎え、下腹が徐々に丸みを帯び、時折胎児が腹を蹴るのを感じながら、アレクサンドラは嬉しそうに下腹を擦った。
この日、彼女はルドルフと共に4ヶ月振りに公の場に顔を出すことになっていた。
医師から外出の許可を貰い、アレクサンドラは病室で身支度を済ませ、鏡の前に立った。
今着ているワンピースは、お腹が目立たないデザインのものだったが、それでも妊娠を隠すには無理があった。
「アレクサンドラ、準備は出来たかい?」
「はい。」
「それじゃぁ、行こうか?」
ルドルフの手を取ったアレクサンドラは、病室を出て王宮へと向かった。
二人が車から降りて来た時、マスコミのカメラが容赦なく彼らにフラッシュを浴びせた。
「アレクサンドラさん、お腹の子の父親は誰ですか?」
「その人は今何処にいらっしゃるのですか?」
マスコミから質問攻めにされたアレクサンドラだが、彼女は固く口を閉ざしたままルドルフと王宮の中に入った。
「アレクサンドラ、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。」
アレクサンドラがそう言ってルドルフの方を見ると、向こうからフランツがやって来た。
彼はアレクサンドラの丸みを帯びた下腹を見ると、苦虫を噛み潰したかのような顔をした。
素材提供サイト
にほんブログ村