病院から出て警察署へと戻ったアルフレードを待っていたのは、上司であるグスタフからの叱責だった。
「お前は一体何を考えているんだ?」
「わたしは自分の仕事をしているだけですよ。」
そう自分に生意気にも口答えするアルフレードを睨みつけたグスタフは、彼が部屋から出て行った後、深い溜息を吐いた。
一人娘・ゾフィーと同じ年頃のアルフレードは仕事が出来る男だが、捜査の為ならばどんな手段も厭(いと)わないのが玉に瑕(きず)だった。
「どうなさったの、貴方。また溜息を吐いて。」
「いや・・職場で部下と対立していてね。そいつは仕事が出来る男なんだが、捜査の為なら多少強引な手を使っても構わないという考えの持ち主でね。どう指導したらいいのかわからないよ。」
「まぁ、そういう方がいらっしゃると、気苦労が絶えませんわね。カモミールティーでもお飲みになってリラックスしてくださいな。」
「有難う。」
ヴァネッサが淹れてくれたカモミールティーを飲みながら、グスタフは事件の事を考えていた。
その時、テーブルの上に置かれているスマートフォンが着信を告げた。
「わたしだ、どうした?」
『皇太子様が明日、退院されるそうです。』
「そうか、有難う。」
「貴方、どうなさったの?」
「皇太子様が明日、退院されるそうだ。」
「そう・・それは良かったわね。」
「ああ。」
明日になれば、事態は良くなるだろう―グスタフはそう思いながら、眠った。
「退院おめでとうございます、皇太子様。」
「有難う。君のお蔭だよ、ヘレーネ。」
翌朝、病院から退院したルドルフはアッヘンバッハ子爵邸を訪れ、そう言って自分を玄関ホールで出迎えてくれたヘレーネを抱き締めた。
「お父様、もうお身体の調子は宜しいのですか?」
「ああ。」
「皇太子様、こんな所でも何ですから、ダイニングへどうぞ。」
ダイニングルームでルドルフの退院祝いの食事にアレクサンドラ達が舌鼓を打っていると、玄関のチャイムが鳴った。
「どなたかしら、こんな時間に?」
「さぁ・・」
「奥様、警察の方がお見えになっております。」
「警察の方が?」
「はい、皇太子様にお会いしたいとおっしゃって・・」
ヘレーネはメイドとルドルフの顔を交互に見て不安そうな表情を浮かべた。
「何もわたしは疚(やま)しい事などしていない。警察をここに通せばいい。」
「解りました。」
ヘレーネはメイドに、警察をダイニングルームに通すよう伝えた。
「突然訪ねてしまって申し訳ありません。皇太子様がこちらにいらっしゃると聞いたので伺いました。」
そう言いながらダイニングルームに入って来たのは、アルフレードだった。
彼は自分を睨みつけているルドルフに向かって頭を下げると、ユリウスに会釈した。
「わたくしはアルフレード=マイヤーと申します。本日こちらに伺ったのは、皇太子様に事件の事をお聞きする為です。」
「申し訳ありませんがマイヤーさん、本日は皇太子様の退院祝いの食事会を開いております。取り調べならば後日なさってくださいませんか?」
「わかりました。では明日、ウィーン警察本部でお待ちしております。」
アルフレードは慇懃無礼な口調で言ってユリウスに頭を下げると、アッヘンバッハ子爵邸から出て行った。
「あの人、皇太子様を犯人に仕立てたくて堪らない顔をしていたね。」
「ええ。何だか楽しい気分が台無しになってしまったわ。」
ヘレーネがそう言って溜息を吐いた時、デコレーションケーキをワゴンに載せたメイドがダイニングルームに入って来た。
「奥様、ケーキをお持ちいたしました。」
「有難う。」
「そのケーキはどうした、ヘレーネ?」
「今日の為に、わたくしが焼いたのです。久しぶりに作ったので、味は保証できませんけれど、どうぞお召し上がりください。」
「有難う、ヘレーネ。」
ルドルフは自分の分のケーキを皿の上に置き、フォークで一口大に切ってそれを頬張った。
「如何です?」
「とても美味しいよ。毎日君のケーキを食べられるユリウスさんが羨ましいな。」
「あら、お世辞でもそう言ってくださって嬉しいですわ。」
そう言った妻の顔が輝くのを、ユリウスは見逃さなかった。
「皇太子様、本日はネクタイを贈ってくださって有難うございます。」
「シャルロッテ、身体の方はもう大丈夫なのかい?」
「はい。来月には復学する予定です。」
「そうか。」
「おとぅたま、あそんでぇ~!」
シャルロッテとルドルフが話していると、少し退屈したガブリエルが二人の間に割って入って来た。
「こらガブリエル、お食事中に走り回ったらいけません。」
「ガブリエルは元気でいいな。」
「そんな事をお父様がおっしゃるから、ますますわたくしの言う事を聞かなくなってしまうので、困っていますわ。」
アレクサンドラはそう言って溜息を吐くと、ケーキを頬張った。
「アレクサンドラ、そうカリカリしなくてもいいでしょう。きっとあの子、ティナにやきもちを焼いているのよ。」
「でもお母様、あの子わたしの言う事を聞かないのに、お父様の言う事だけは聞くのよ。」
「それは貴方が怒ってばかりいるからよ。子供は怒られると反抗したくなるものだから。いずれあの子の焼きもちもなくなるわよ。」
「そうかしら。」
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