日本語が亡びるとき
A氏:25日の朝日新聞の「天声人語」では、世界には、6千前後の言語があり、うち2500語が消滅の危機にさらされているという。
生物多様性ばかりでなく、言語の多様性もこの地球上で細りつつあると嘆いている。
印刷術、ラジオ・テレビ、そして、現在はインターネットと技術が、少数派の言語を駆逐しているという。
英語も大切だが、弱肉強食にまかせていては多彩な文化は守れないと最後にまとめているね。
私:この「天声人語」では日本語の運命のことはふれていないね。
重大な問題なのにね。
この本は、インターネットにより、「普遍語」化しつつある英語に対して、日本語はどうあるべきかを論じたものだね。
A氏:題名からして、著者は、日本語滅亡論者かね。
私:違うね。
日本語コンプレックスから脱し、立派な日本語とその文化をいかに守るかの提言だね。
著者は小説家だが、この本は評論だね。
このブログでも「本格小説」上・下、「私小説・from left to right」で著者の小説を紹介している。
「私小説」で述べているように、著者は12才で父親の仕事の都合で渡米してから、滞在20年。
フランス語教師までやるようになる。
しかし、興味あることに、アメリカの学校生活では、ヒマがあれば、日本の「近代文学」に読みふけっていたという。
ハイスクールの休み時間でも読んでいたという。
著者のそのアメリカの生活との対比で得た深い日本語感覚が、この日本語論に深みを与えているように思うね。
A氏:日本語というと、一応、現在、日本列島に住む日本人が使う国語だね。
私:著者は、西洋の言語も含め、「国語は自然なものではない」として、その歴史を詳細に辿っていて勉強になるね。
最初、「現地語(土着語)」としての日本語が、中国の漢字文化とぶつかったときが、第1の危機だね。
しかし、大陸から離れていたため、朝鮮などの周辺諸国と違い、中国の直接の言語支配を逃れ、日本はひらがな、カタカナなどの独特の文字言語を作り出すともに、歌、紀行文、小説などを産み出す。
また、日本は科挙制を行わないね。
こういう日本語文化は、印刷技術が進む江戸時代まで続くね。
A氏:日本語の第2の危機が明治維新だね。
西洋に対して、表音文字でない日本語コンプレックスが発生する。
漢字廃止論が生まれるね。
有名なのは、当時の文部大臣前島密の「漢字廃止」の上申だね。
私:しかし、夏目漱石に代表されるような近代小説などが生まれる。
「国語」という考えが生まれる。
著者は、「国語」とはもとは「現地語」でしかなかったものが、「翻訳」という行為を通じて、「普遍語」と同じ重荷を負うようになったという。
A氏:明治維新による「国民国家」の誕生とともに、国民の言葉となるわけだね。
私:しかし、昭和のナショナリズム時代でも、北一輝は、意外にも「日本語は劣悪な言語で50年後には使われなくなるから、エスペラント語にすべきだ」と言っていたそうだね。
第3の日本語の危機が太平洋戦争の敗戦だね。
占領軍は漢字が嫌いだ。
漢字廃止が決まる。
全面廃止まで「当面使用」される最低の漢字が定められた。
A氏:あぁ、それで「当用漢字」というのか。
確か、当時、志賀直哉が日本の国語をフランス語にすべきというね。
私:日本語がようやく自主性をとりもどすのが1966年だね。
当時の中村梅吉文部大臣が「国語の表記は漢字かなまじり文によることを前提」と述べた。
明治の前島密から続いていた漢字コンプレックスから、百年たって解放された。
そして、第4の日本語の危機がインターネットのグローバル化だね。
英語が「普遍語」となりつつあるからだ。
明日は、これに対する著者の提案にふれよう。