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カテゴリ:銀の月のものがたり
自分達は空中に浮いているのだろうか。それとも高い山の頂にいるのだろうか。
どこまでも広がる澄んだ空とたなびく白い雲の下、はるか遠くに見える地平線がほんのりと薄桃色に染まっている。 夜明けだ。 太陽は金色の帯をいくつもまとって、世界に清浄な光を投げかけていた。 地平線はゆるい弧を描き、目を凝らせば街や森や山がうっすらと見て取れる。 眼下の大地がヴェールなのだと、自分達の世界なのだと、リフィアは理由もなく理解した。 立っている場所が高すぎて人や動物の姿を見ることはできないが、肌でその息吹を感じることはできる。 その息吹とつながって、いやそれが基点となって、惑星上を縦横に走る光の糸。 星を包むネットのようにも見えるそれが、グリッドというものなのだろうか。 良く見れば、各所の地方神殿は糸の分岐点としてより強く光り、そして脈打つ光は、リフィアのいる中央大神殿へ、その奥院へと流れ集まってくるようだ。 惑星を包むグリッド、そして天から降りそそぐ守護の光。 (相変わらず、お強い光であられること) ゆるやかにリフィアの唇が言葉をつむいだ。 銀髪の長身は輝く渓流の流れを読み、さばき、広げて、集まる光は寄せては返す波として広く世界へと戻ってゆく。 捧げられた無垢な祈りはすべてを担って還り、清冽な輝きに洗われたように、地表に金と薄桃の朝焼けが広がる。 自分が惑星と同化し、その大きな腕ですべての生命を抱いているような気持ちにリフィアはなった。 豊饒とは愛しむこと。 愛しいものが世界にあふれたとき、人は貧しいと思うことはない。 各地の神殿などを結ぶ太いグリッドと、間を埋めるような網目状の細かいライン。 すべてに愛しさが満ちて輝いてゆく。 リフィアの個性として、星の女神はより強く風をおこし時を見つめ、流れゆくものを司っているようだった。 その風はアルディアスの持つ火を強める加護となる。 彼女の星は輝く守護の光を受けながら、またそれを自然に強めてもいた。 時間という制約の中で、生まれてはつまづきながらも精一杯に生きてゆくものたち。 あけぼのの光はそのすべてを祝福し、余さずに包んで抱きしめているようだ。 (しかし花嫁殿、貴女は傷ついておられる) 哀しげな声がする。 しゃらん、と澄んだ音に指し示されたほうへ目を向ければ、赤黒く燃えているような場所が見えた。その向こうは荒れ果てた大地。弧を描く地平線の向こうまで、一瞬に移動してそれを見ているのだろうか。 遠い昔の戦火で失われてしまった広大な森。 この惑星は、まだその痛みを抱えている。人々が戦場を宇宙に求めても、戦いが続く限り、星の記憶もまた積み重ねられてゆくのだろう。 長身の持つ錫が足元を示す。 眼下の土地に生きる人の誰かが泣いている。 戦場が遠くなっても、つながる誰かは命の賭かる場所にいて、そして喪われれば戻ってはこない。 (人の嘆きは星の痛み。我はその涙を救えぬ) 長身に降りた人の柳眉がひそめられる。 いたわるような微笑を星の女神は浮かべた。 (仕方がございませぬ。人の運命は人が決めるものゆえに) 女神は手を伸ばして長身の手を握った。しゃらん、と錫が鳴らされる。 やわらかな粒子の光が嘆く人のところへ流れ、そして周りへと遠く広がってゆくのが見えた。 (こうして、貴方様のお力をもって安らぎや祝福を送ることはできまする。されど、どこから何を受け取るかは本人が決めること。無理強いはできませぬ) 光をこぼしていた錫の先端から、今度はふあんと闇が広がってゆく。 それは暖かく、きらきらとして宝石を縫いとめたびろうどのように優しかった。 広がった闇に、ほっとして眠りにつく人々の息吹が伝わってくる。 人は、光だけの中では安堵して眠ることはできない。 光と闇は陰陽の相。 神事において男性は光であり陽を現し、女性は闇であり陰を現す。 どちらが欠けても世界は成立せず、発展もしない。 終わりがなければ始まりはなく。 失われることを知ったとき、その輝きは特別なものになる。 そうしてひとつひとつが奇跡のような特別の輝きに満ちている……それが、世界。 今ここに存在するすべてのもの。 (そうでございましょう……光であり闇であり、流れ落ちる滝をひたすらに見守る御方よ) 強い守護の力をその身にしっかりと受けながら、星の女神はゆるりと微笑む。 幾重にも輪を描いて重なり流れる力は、瑞々しく世界を満たしてゆくようだ。 すべての生命は世界の中に宿り、そしてその細胞のひとつひとつに、世界の縮図を宿している。 大は小なり、小は大なり。 全は一なり、一は全なり。 すべては繋がり響きあい、個々でありながら同じひとつ。 そして世界は、人の祈りによってその形を定める。 (守護なる我が花婿様に祝福を……) 抱擁のあと星の女神が手を離すと、アルディアスに降りた人はゆっくりと周りを歩いた。錫が澄んだ音を立てるたびに、眼下のグリッドがきらりと輝いて光を放つ。 その光のもとは一人ひとりの人間であり、神殿はそれをまとめあげ、巫覡は世界の力と同期させるのが役割なのだ。 近く遠く力が満ちて、リフィアに降りていた女神がもとの星へと戻ってゆく。 急にリフィア自身のものになった視界。 ひらめく白い神官服に、光の糸で蜘蛛の巣のような網がかかっている気がして、彼女は目をしばたたいた。 (大神官は星を護る光の要ゆえな。継いだ瞬間に、光の網の基礎に組み込まれているのだよ) 彼女の心を読んだように美女の顔をした人は言った。 数年前のダンスパーティの夜、初めてグリッドの話を聞いたときのことがリフィアの脳裏によみがえる。星の痛みは彼の痛みなのではないかと、あのときも不安になったのだった。 (負担はなくはないな。だが、そう直接的なものでもない……巫女よ、そのような顔をせずともよい。世界とそなたは同一なのだ。星の痛みは、この者だけではなく、この星に生きるものすべてが持ち合うものだ。そしてそれを癒す力も) 輝く人は苦笑しながらリフィアの傍らまでやってくると、しなやかな指先で彼女の顎を軽く持ち上げた。遊色するクリスタルのような、とりどりの色を秘めた藍色の瞳がいたずらっぽく彼女を見る。 (……愛しい彼を早く返してくれと、思っておるな?) (……) 図星を指されてリフィアは赤くなった。しかしその人は怒るでもなく、いっそうの優しい目をして微笑んだ。 (よろしい、ではこの身体を彼に返そう……だが覚えておくがいい、この者は我に近すぎる。この者自身の望みはそなたのもとに居ることだ……だが、彼我が近すぎるゆえに、引き合い、我に引き込まれることもあろう) 引き込まれる。それを聞いたリフィアの背がぞくりと震える。安心させるように、大きな腕が背中に回された。真摯な瞳が彼女を見ている。 (怖がることはない。今の我は彼とほとんど重なっている。彼の望みは我の望みであり、彼が愛するものは、我も愛している) 思わず見返したリフィアに、かの人は深い微笑みを見せた。 (だから巫女よ、他の誰がなんと言おうとも、そなたは我ではないこの者だけを想うのだ。その想いが碇となって、この者を現世へ繋ぎとめるであろう。 ……では、いずれ彼と我が完全に重なるそのときまで、さらばだ。わが愛する伴侶よ) 優しい感触を唇に残して、その人は去ったようだった。 ------- ◆【銀の月のものがたり】 道案内 ◆【第二部 陽の雫】 目次 とりあえず早めにアップ。 ぽちしてくださると幸せです♪→ webコンテンツ・ファンタジー小説部門に登録してみました♪→ ☆ゲリラ開催☆ 8/30~9/5 はじまりの光 ~ 一斉ヒーリング お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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