囚人のジレンマ?
昨日、NHKでアメリカのサブプライムローンによる金融破綻を「囚人のジレンマ」という言葉で説明していた。競争相手を意識しすぎて、共倒れしてしまうってことですね囚人のジレンマ出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』移動: ナビゲーション, 検索囚人のジレンマ(しゅうじん - 、Prisoners' Dilemma)は、ゲーム理論や経済学において、個々の最適な選択が全体として最適な選択とはならない状況の例としてよく挙げられる問題。非ゼロ和ゲームの代表例でもある。この問題自体はモデル的であるが、実社会でもこれと似たような状況(値下げ競争、環境保護など)は頻繁に出現する。現実における囚人のジレンマ現実世界でも囚人のジレンマの例を見つける事ができる。核開発がその例で、A国とB国が両方とも核開発を止めれば平和が維持できるにもかからわず、相手国が裏切って核開発をはじめる恐怖に耐え切れず、双方とも核開発をはじめてしまう(恐怖の均衡)。また価格破壊競争もその例で、A社とB社が両方とも値下げを止めれば利益を維持できるにもかかわらず、相手企業が値下げにより利益を奪う恐怖に耐え切れず、双方で値下げ合戦をして共倒れしてしまう。このように囚人のジレンマは政治・経済の解析にかかせない。一方、前述した囚人の例で、警察が囚人のジレンマを使って囚人達を自白させる事には、経済学者や法学者達から批判がでている。学者が指摘するのは、容疑者の無罪有罪に関わらず自白のペイオフが沈黙よりも高いことである。さらに無実の人間と犯罪者が共犯とみなされて自白を迫られる場合は、犯罪者の方が減刑のために無実の人間を主犯として告発する可能性が高い。よってこのシステムを実際に法制度に採用すると膨大な数の冤罪が生まれる可能性が指摘されている。司法取引がごく少数の国以外では禁止されている理由がここにある。囚人のジレンマというのは次のようなケースです。何かの重大事件で二人組の犯人が捕まった。それぞれ別室で取り調べを受けている。この時、Aは迷う。自白すれば、かなり長い刑期が待っていそう。なんとかごまかしてシラを切り通すことはできないだろうか。しかし自分が犯行を否認している間にBの奴が自白し、自分も共犯であると言ったら自分の心証が悪くなる。それよりは先に自白して、反省の念を示し、情状酌量される道を模索したほうが良いのではないか。しかし向こうも頑張っているのに自分が罪を認めてしまうと、もしかしたら証拠不十分で釈放される道を自らつぶしてしまうかも知れない。当然Bの方も同じように悩み、この精神的圧迫から結局両者とも崩れていき自白に至ってしまいます。このように自分と相手の行動の組合せで良いことと悪いことが極端に転換するケースを「囚人のジレンマ」といいます。上記の場合では ・自分が頑張って相手も頑張ればとても良いことがある。 ・自分が頑張って相手が挫折すると、こちらが手痛い目に遭う。 ・自分が挫折して相手が頑張っていたら良いことを逃す。 ・自分が挫折して相手も挫折したら、あまり好ましくない方向に行く。といったものです。少し書き直すと ・自分が頑張り続けた場合 相手も頑張ってくれたらとても良いが、 相手が挫折すると、とても悪い。 ・自分が挫折した場合 相手が頑張っていたら、けっこう悪い 相手が挫折していたら、まぁまぁ。つまり 100点か0点になる道を選ぶべきか、70点か30点になる道を選ぶべきか相手の行動によって自分の行動の意味が逆転してしまうのが苦しい所です。似たようなのでは、麻薬取引問題というのもあります。AとBが麻薬取引をすることになった。しかし、二人は直接は接触しない。ある場所を決めておいて、Aが現金の入ったスーツケースを持ってその場所に置いてきて、そのあとBが麻薬の入ったスーツケースを持ってその場所に行きスーツケースを交換して持ち帰る。そのあと又Aがその場所に行き麻薬のスーツケースを持ち帰る。しかしAからすると現金を渡したのに相手はもしかしたら小麦粉を渡されるかも知れない。また、こちらが新聞紙を詰めたのを渡して、まんまと麻薬をせしめられたら大もうけ。Bも同様のことを考えます。これはよく心理学実験で行われます。これを実際実験で繰り返しやらせて、統計を取ってみると、初期の段階ではけっこう相互裏切りがあるのに対して次第に減少していき、逆に相互協調が増えていく傾向があると言われます。つまりなかなかお互いに最初は相手を信用できずに疑心暗鬼になり、裏切られると次はこちらも裏切るということが続くので、取引が成立しないのですが、やがて落ち着くときちんと協調関係が築かれてくる、という訳です。こういう心理は全く逆の環境の中でも起きることがあります。ベトナム戦争の時、米軍は前線のグループをだいたい2週間程度で交替させなければならなかったそうです。それはなぜかというと2週間も前線で戦闘をやっていると、そのうち兵士たちがベトコン側の前線の兵士と気が通じ合うようになってしまい、あまり積極的に戦闘しなくなったからだと言います。こういう話を聞くと、私は人間の性善説を信用したくなります。-------------------------------------------------------------------------------- Dropped down from daily DANCE. ブラックサイトもご利用下さい。(C)copyright ffortune.net 1995-2007 produced by ffortune and Lumi.お問い合わせはこちらから