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カテゴリ:取り敢えずの記
原発問題の終息も見えないままに政治・経済も混迷を深める中、「あの日」から既に8か月を過ぎた。
「平和ボケ日本」というのは日本をバカにした言い方ではあるが、ふと振り返ると、そんな風に平和ボケしていられた日々が懐かしい気がする程だ。 関東の、決して寒い地域とは言えない私の住む辺りも、かなり冷え込んで来た。 寒さに震える時、「被災地はどうなっているだろうか?」という想いが過る。 未だ仮設住宅が追い付かなかったり、寒冷に耐える仮設住宅ではなかったり、と聞く。 最近、「祈る」ということを覚えた。 何も出来ない時は祈るしかない・・・いや、祈ることは出来る。 それは具体的な何ももたらさない、虚しい自己満足なのだろう。 祈る暇があったら出来ることがあるのかも知れない。 しかし、あまりに無力を痛感すると祈らざるを得ない。 次の春、その次の春と、いつになるかは分からない。 それでも被災地で、そして日本中で、満開の桜を皆が揃い、笑顔で迎えられる日が来ることを祈らざるを得ない。 桜が咲く日を迎えるには、ただ祈り待つ冬を越えなければならない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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