昨今は、新年の挨拶が年賀状からLineやメールになってきました。
江戸時代はスマホはもちろん年賀状もありませんから、新年2日、3日から15日までの間に年礼廻りをしました。
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大きな町家の主人だと、黒羽二重の紋付き小袖に麻の上下、白足袋、雪駄、脇差し、蒔絵の印籠という礼服で親戚、知己、取引先を回りました。「年玉」の扇子などを持った供の小僧と、出入りの鳶の棟梁が随ったそうです。
僧家と医師と女性は4日から回りました。
「年玉」は年始の粗品のことでした。染め手拭い、暦などを贈り、変わらずのごひいきを願いました。
医師なら丸薬・軟膏のように、自分の職業特有の品も贈られました。『馬琴日記』には、砂糖、落雁、煎餅、かんざし、扇子、茶碗など多彩な品名が見られます。
年礼客は、訪問先の玄関先におかれた礼帳に記帳しました。名札(名刺)を置いて帰る客もいました。
玄関番つくえにさせるけちなうち
年始帳留守を遣ふのはじめ也
玄関で対応する人を置くのが本来ですが、机と帳面だけ出してすまそうということです。省エネですかね。
参照元:阿部泉『史料が語る年中行事の起源』清水書院
三谷一馬『江戸年中行事図聚』中公新書
山澤英雄・校訂『俳風柳多留一』岩波文庫