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シュタイナーから読み解く神秘学入門

シュタイナーから読み解く神秘学入門

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2006年12月13日
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カテゴリ:神秘体験空間
 3という数は、それゆえ2と1、つまり開示とその背後にある神性に他ならないという。1は神の一元性の数、3は自らを開示する神性の数であるという。神秘学には、2は決して神性を表す数ではあり得ない、という原則があるという。そして、1と3は神的なものを表す数であるという。というのも、神的なものが自らを開示するとき、それは2において顕現し、その背後に1があるからだという。世界を二元性において見る人は、世界を顕現において見ているのであり、外界の諸現象においては二元性が存在すると言う人は正しいという。しかしながら、この二元性が全てであると言う人は、次の例から間違いであることがわかるという。

 「2という数は顕現の数であって、完全性の数ではない」という神秘学の原則はよく犯されているという。「進化、発展は全て退化と進化の中で生じる」と言われているが、この真の意味は、上記の神秘学の原則にあるという。

 では、この進化と退化の二元性とはどういう意味なのか、根、葉、茎、花、実というような、要するに植物が持つ部分を全て備え、完全に成長した植物を眺めて、これが1つの完全な植物体系とみなすときにこの二元性がわかる。次に小さな種子、植物が再び生えてくる種子を観察し、種を見ると、この小さな粒の中には既に植物全体が含まれていることがわかる。いわば種子という粒の中にその後の植物の成長状態が閉じこめられているわけで、種子は植物から生まれ、植物はその力の全てを種子の中に注ぎ込んだので閉じ込められているといえる。

 だから神秘学では、この二つの過程、つまり、1つは、種子が解けていって植物全体へと展開する―「進化」と、もう1つは、植物が収縮しその形態がいわば種子の中に潜り込む―「退化」とが区別できるという。従って、沢山の器官を持つ存在が、これらの器官のいずれも見えなくなり小さな部分に萎縮してしまうように自らを形成するなら、これは退化と呼ばれ、この逆の分岐すること、自己展開することは進化と呼ばれるという。生命においては、至る所にこの二元性が交替し、それは常に顕現においてのみであり、この顕現は単に植物の場合のみならず、より高次の生命の領域においても事情は変わらないという。

 この進化と退化は二元性において顕現し、その背後にその統一をなす神の1かあり、完全系となるわけである。

 2は、背後に神の1を有し、もって3となし、それは三位一体として、以下のように表現しえる。

 三位一体の3という神性数字(進化、退化)

 例えばアウグスティヌスから中世を経てカルヴァンに至るヨーロッパの精神生活の発展を追求し、この時代の精神生活に視線を漂わせてみれば、アウグスティヌスの場合ですら、彼の著作、とりわけ「告白」のなかに、神秘的な関係を見出せるという。

 更に時代を辿っていくと、スコトゥス・エウリゲナのような驚くべき現象を見出せ、彼はスコットランド出身の修道士で、そのためスコットランドのヨハネスと呼ばれ、カール禿頭王の宮殿で生活していたという。彼は不幸なことに教会で切りつけられ、伝説によれば、修道士仲間たちが彼を留め針で死に至るまで拷問したという。

 勿論、これを言葉通りには受け取れないが、彼が拷問により殺されたことは事実だという。彼によって、「デ・デヴィジオーネ・ナトゥラエ」、いわゆる「自然の区分について」という、素晴らしい書物が著されたという。これは途方もない深みを示している書物だという。

 更にドイツの坊さん横町では、この神秘学に親密な感情が民衆全体を捉え、この坊さん横町の神秘家たちは、単に精神性の頂点であったばかりではなく、民衆でもあり、畑や鍛治場で働いていた一般の人々も、このような時代の傾向として生きていたあの親密な感情に捉えられていたという。

 更に1400年から1464年に生きたニコラウス・クザーヌスは、中世の末期まで時代を辿ることができ、至る所に、環境全体に広がっている神秘的な深い感情や、親密さが見いだされるという。この時代を、後のこれに替わる時代、つまり16世紀に始まり、現代にまでに至る時代と比較するなら、決定的な相違に気づくという。

 その転換の出発点に、包括的な思考により精神生活の革新を引き起こしたコペルニクスが立っていて、彼は自らの思考を人類と一体化するほどに注ぎ込んだので、今日、この思考と別のこと(天動説)を信じている人は馬鹿者とみなされるほどで、それからガリレオ、彼はピサで教会のランプの揺れから振り子の法則を発見し、このように一歩一歩この時代のプロセスを辿っていくと、至る所に中世との厳しい対立が見出せるという。

 神秘学的な感情は次第に衰えていき、その親密さが消滅していくという。そして知性、理知が次第に現れ出てきて、人間は益々利口に、分別的になっていくという。このように、全く正反対の性格を持つ二つの時代が前後して続くという。

 この2つの時代の説明を、神秘学の法則から説くことができるという。アウグスティヌスからカルヴァンまでの時代においては、神秘主義の進化と理知の退化という時期であり、その後、理知の進化と神秘主義の退化の時代に生きているといえるという。

 アウグスティヌスからカルヴァンまでの時代(神秘主義の進化、理知の退化)、
 コペルニクスからガリレオを通じて現代まで(神秘主義の退化、理知の進化)

 これは、アウグスティヌスから16世紀までは、神秘的生命の外的な展開の時代であり、外面的に顕現し、一方その当時、理知という別面も萌芽として存在したという。つまり、理知的生命の萌芽があったという。これは、種子のように霊的な地中に隠されていて16世紀以降少しずつ展開していき、理知的生命は、当時丁度、後の植物の形態が全て種子の中にあるように退化(内展)の状態にあったという。





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Last updated  2006年12月14日 21時33分19秒
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