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援助実践やカウンセリングにおいて、また一般の対人関係においても最近は「寄り添う」ことの大切さが言われます。これはロジャースのカウンセリング理論では基本的なことと理解しています。無条件の受容とか共感とか、簡単な言葉で説明されます。けれど実際にはとても難しいことのようです。
その難しさは援助実践の場で実感できることかもしれません。自分の価値観とは異なる言動を繰り返すクライアント、自分の判断や助言に抵抗する利用者、薬物やアルコールの依存者、DVや障害などの犯罪者、など、素直に自分の援助を受けたいと従う方たちばかりではありません。 こんな方たちと援助の現場で援助する側として向き合った時、援助する者として様々な葛藤やら困難が生じます。自分が巻き込まれるのではないか、被害を受けるのではないか、抵抗されたら援助できないではないか、犯罪行為を認めてしまうと共犯者になりかねない・・・etc こんな時、援助者は自分を守るために、あるいは適切な援助にするために、援助の枠を設けることが必要となります。場所の枠だったり、時間や値段の設定だったり。また枠の設定以外にも、知識や権威、権力で被援助者をコントロールすることで援助者が被援助者にコントロールされることを防ぐことも少なくないでしょう。インテークの段階で調査票なり分析シートを渡して答えさせるのは、分析する者される者の力関係を無意識に決定づける作業と言えなくもありません。 インテークの所でクライアントがカウンセラーに質問表を出せてカウンセラーが答えたら相互に対等な関係であることの証明になりますが、そういうことをするカウンセラーもいないでしょうし。 私はロジャースのカウンセリング理論を発展させた形のメンズカウンセリングを提唱し、実践していますが、無条件の受容やらクライアントに対する尊重の念を表明するために、援助に権力構造を持ち込まないようにしています。ですからインテークの段階で一方的に相手を調査分析することはやりません。プライベートなデータもできる範囲でのお願いにとどめますし、私も個人名やら連絡先を書いた名刺を渡して、相互の立場を対等にするようにしています。 グループワークでも参加者のプライバシーを調べることはありません。参加者は名前や住所、家族状況などを問われることもありません。ワークの場ではアノニマスネーム(その場限りの呼称)を自身にきめてもらいます。 相手がどこの誰だかわからない、どんな人かもわからないそんな方といきなり向き合うわけですが、私に援助者としての力がなければ、そんなことは怖くてできるはずもないでしょう。もちろん、クライアントもやはり私のことをどこまで理解できているかわからず、立場は対等です。 とはいえ、私がどんな人か、どんな支援をしているか全くわからないと、大学でも公的施設でもない私のところには胡散臭いやらいかがわしいやらで敬遠したくなるのは当然のこと。ですから、ブログやホームページで、私の援助論やら援助実践、ある程度のプライベートなことも含め開示するようにしています。 最近は、私のブログやら動画を見られて、楽になった、安心したと言って来談される方もちらほらおられます。先日初めて来談されたDV被害女性も、私の冤罪セクハラ事件のことも含め理解していただいてたようで、納得してこられていました。私が、全てを語っていることに安心感を感じられたようです。逆に、新聞やテレビの報道で歪められたイメージを持ってしまって、私のブログも見ない人は、私に嫌悪感を感じて一切関わってこない、という方もちらほらおられます。 その方にとっても残念なことでしょうけれど。 いずれにしても私は自分の個人的なことも含めクライアントとの対話の中で自己開示していきますし、私の弱み?の部分も含め相手に伝えその判断は相手に任せます。一方的にクライアントの人生を聞くだけで、自分の人生を語らないということはやりません。そうすることでカウンセラーとクライアントの関係がさらに権力関係になることは私の援助論ではありえないことです。 無条件の受容とか共感とか、当事者に寄り添うとかいう言葉が簡単に学びの場で語られるけれど、その意味するとこはとても重くて深いものです。簡単なことではありません。その難しさは援助者の援助者としての力のなさだけではなく、自己信頼のなさというものもあるのかもしれません。私は幸い当事者として回復したという体験をもとに、多くの当事者や研究者からも学びを得てきていることも確かです。さらに根源的には、生育の中で両親に無条件に受容されたという実感を持っていることも大きいでしょう。これらのことが援助者として、また生活者としての私に絶対的な自己信頼を与えているのだろうと思います。 こんな私ですから、当事者視点での複合的な援助を可能にしているのだろうと思います。いずれ専門家やら研究者が私の援助実践に近いものを理論立ててくれるのかもしれません。とはいえ、ヒエラルキーで構成される権力システムの中で生きている研究者や専門家がシステムを否定する当事者の立場で援助できるか、難しいところでしょう。 さてさて、そんな徹底して当事者に寄り添う援助論「メンズカウンセリング」だけれど、次回は六月五日、人・まち交流館京都にて朝から夕方まで、丸一日の講座が開催されます。メンズカウンセリング協会会員だけでなく一般にも公開されますから、当事者でも援助者でも参加可能です。最先端のDV支援や当事者の回復について興味をお持ちの方、ぜひご参加くださいな。 さらに八月のメンズカウンセリング講座について、今会場の抽選会に参加していますが、引き当てた抽選番号がなんとびりっけつの50番・・嗚呼、これではゲット無理かもー・・どうしよう。 ログに納得いただけたら、クリックお願いします。 にほんブログ村 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2016/05/01 10:55:36 AM
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