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2021.08.25
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カテゴリ:昭和~・評論家
  『夏目漱石『心』を読み直す』小森陽一(かもがわ出版)

 以前読んだ、志賀直哉の短編について書かれた本と同シリーズの本であります。
 大きな特徴は、新しい本であるということ。(2020年9月第1刷発行とあります。)
 本書にはサブタイトルとして「病と人間、コロナウイルス禍のもとで」とあります。

 でも、わたくし、この「コロナ」云々というのは、イヤというかなんというか、ちょっと胡散臭いんですよねー。
 コロナ禍は既に2年以上になっていますから、ぼつぼつとそれについての本も出ていますが、私としては、あまりにリアルタイムでありすぎないかと思うんですね。
 それも医学のことについてですから、正しいことが日進月歩どんどん変わっていっていると思います。

 確か最初は、マスクにはあまり効果がないと言っていましたよね。
 その後言っていた「三密」も間違い、最近では「一密」でも危険だそうです。
 まー、その時々においては、それが正しかったんでしょうがねぇ。

 というわけで、本書においても私は、コロナについて触れているところはかなり眉唾に読みました。
 ただ、これは私の持論(というほどのものではありませんが)ですが、漱石と源氏は懐深くいろんな新しい読み取りを許してくれる、と。

 本書にもいくつか、なかなか楽しい刺激的な分析がありました。
 そのうちのいくつかを、ざっと以下に報告したいと思います。(でもいつものことながら、そこにはわたくしの勝手な「妄想力」の結果も加わっていることをお断りしつつ。)

 世間には、この『心』の「先生」の奥さんである「静」と、第一部第二部の主人公である「私」の関係が、その後どうなっていくだろうかと推理する評論の類がいくつかあるようです。
 私も初めて読んだ時は、なかなかおもしろいなーと思っていたのですが、でもそんなことどこにも書いていないんだから仕方ないではないか、とも思いました。

 しかし今回本書で改めて指摘され、ハッとしました。
 どのような指摘かといえば、漱石が最初に考えていた『心』の構成は、前作前々作の『行人』『彼岸過迄』と同様、短編を積み重ねて長編を作る形であったという指摘です。
 ところがその最初の短編のはずの「先生の遺書」が、思いの外に長くなってしまって、仕方なくそれ一作で『心』という長編小説にした、と。

 まー、この指摘自体は、ちょっと『心』について調べた人には常識的な話ですよね。
 私ももちろん以前より知っていました。でもそのことの本当の意味について、実は知っていなかったんですね。(たぶんどうしようもなく私がヌケているせいでありましょう。)

 ポイントは、『行人』も『彼岸過迄』も、一つ一つの短編に出てくる登場人物は同じ人物であるということ。
 ということは、『心』の最初の漱石の腹案には、その後の「私」やその後の「静」、あるいはその前の「静」なんかのイメージや、ざっくりしたストーリー展開があったということではないですか。

 これはわたくし、少しドキリとしましたね。
 そういうことだったんだ、と。
 だから多くの人が、その後の二人が気になるんだ……。

 ……と、まぁ、愚かな私が本書を読んで新しく知ったことは、他にもいくつかありますが詳しくは各人で読んでいただくとして、最後に一つだけ、これもなかなかユニークな推理が書かれてましたので、ちょっと紹介しますね。

 ともあれ、「先生」が自殺することになって『心』の本文は終わります。
 でもそこには、「先生」がどんな死に方をする(した)とは書いていないんですね。
 その、自殺の方法についての推理であります。

 これはひょっとしたら私がここで書いてはいけないのかなーとも思いましたが、まー、推理小説の「ネタバレ」とは違うでしょうから、書いてみますね。

 筆者は、「先生」は冒頭に出てきた鎌倉の海岸から海に入ったのではないか、と推理しています。
 根拠も幾つか書かれていますが、なかなか「魅力的」な根拠の一つは、その死に方は死体が残らないことであります。

 ……うーんと私は思わず唸って、一つの小説のイメージを浮かべました。

   梶井基次郎『Kの昇天』

 もちろん梶井のこの短編小説は、『心』よりずっと後に書かれていますが、私は思い浮かべてちょっとロマンチックな気分になって、そしてまた、愚か者の私は、改めてはっとしました。

 これも、「K」ではないか、と。


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Last updated  2021.08.25 18:53:53
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