青年、中年からやがて老年へ。
人生百年時代にあっても、「 老い 」は誰にとっても
最初にして最後の道行きなのだ。
自分の居場所を見定めながら、社会の中でどう自らを
律すればいいのか。
周囲との付き合い方から、孤独との向き合い方、
いつか訪れる最期を意識しての心の構えまでーーー
85歳を迎えた巨匠・筒井康隆が書き下ろす、
斬新にして痛快、リアルな知恵にあふれた
最強の老年論!
老 人 の 美 学
は じ め に
80歳を過ぎて何年目かに、思考力が鈍って、なんだか
昼間からずっと酔っぱらっているような状態になって
しまった。
だからふらふらしていい気分ではあるのだが、脳に一枚
薄い膜がかかっているようで、ちょっと不安になり、脳
外科へ行ってMRIの検査をしてもらったところ、脳自体は
年齢相応に縮んできてはいるものの、海馬は立派なものだ
と言われて安心した。
そう言われてみれば、人の名前だの小説や映画や曲の
タイトルなど、しばしば思い出せないで苛立ったり
困ったりすることはあるものの、しばらく考えていると、
または少し時間を置いて思い出そうとすると、必ず思い
出せるのである。
つまり思い出すのに時間がかかるだけで、記憶力即ち
海馬の機能そのものは大丈夫のようである。
脳の縮小は若い時からの飲酒によるものか喫煙による
ものか、またはこれも80歳を過ぎてからの睡眠導入剤
の依存によるものか、こちらの方ははっきりしない。
これはたまたま脳の話だが、似たようなことは身体の
あちこちにあらわれてきていて、皮膚炎、筋肉痛、関節炎
など、入れ替わり立ち替わり悪くなったり治ったりするの
だが、これらはあきらかに歳をとったがゆえの老化現象
なのであろう。
否応無しに老化ということを考えさせられるようになった
のは、しばしば老人問題を老人代表として述べるよう、
あちこちの雑誌などから依頼されたからである。
実際にも老化しているわけだから、書くことにさほど
苦労はない。
今回新潮新書からの求めに応じてこんな書物を上梓した
のも、老人問題を論じているうちに、集大成みたいなもの
を残したくなったというのが本音である。
さらには、書いているうちに新たな発想や発見があったこと
もつけ加えておく。
「 美学 」と称したのは、ここでは主として、先に述べた
ような老化によって、言動、言説など生活態度や見た目や
立ち居振る舞いがみっともなくなることを避ける、実際的な
知恵を書いているからである。
これが書けるのは小生がたまたま役者もやり、テレビに
出たり舞台で喋ったりする機会が多いからなのだが、
こうした知恵は小生と同年輩の、一般の老人にとっても
強(あなが)ち無縁ではなく、必ずや何かのお役に立つ
のではなだろうか。
だからこれを読まれた読者からの何らかの反応を、小生、
大いに期待している。
著者: 筒 井 康 隆( つつい やすたか )
1934(昭和9)年 大阪市生まれ。作家、俳優。
同志社大学 文学部 美学芸術学専攻。
「 虚人たち 」( 泉鏡花文学賞 )、「 夢の木坂分岐点 」
( 谷崎潤一郎賞 )、「 ヨッパ谷への降下 」( 川端康成文学賞 )、
「 朝のガスパール 」( 日本SF大賞 )、「 わたしのグランパ 」
( 読売文学賞 )、「 モナドの領域 」など著作多数。
2019年10月20日 発行
発行所: 株式会社 新潮社
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最終更新日
2021年10月27日 20時00分02秒
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