老 い も 病 も 受 け 入 れ よ う
は じ め に
人間が生まれてくるのは、必ず死ぬためです。
現在、日本は世界一の長寿国になっています。
100歳以上の人は6万人を越えているそうです。
しかし、長寿の人が必ずしも健康体とは言えません。
動けなくなり、下の始末も人まかせになり、認知症
になっている人もたくさんいます。
その介護に家族は泣かされています。
そうした逃れられない老いの行く手には、これまた
逃れられない、死が待ちうけています。
医療は目覚ましい進歩をとげ、たいていの病気を
治す薬を発明し、手術も進化の一途をたどっています。
あらゆる宗教も、人間の老いと死を考えぬいた結果、
生まれています。
それでも人間は、必ず襲い来る老いと死に脅え、恐れ、
厭わないでいられません。
私は、2016年5月15日に満94歳(数え95)
になりました。
これまでにさまざまな病気にもかかっています。
最近では、92歳で胆のうガンの手術もしています。
足腰は相当不自由になりましたが、まだ一人で
歩けるし、毎月、締め切りのある小説を書き続け、
僧侶として月に何度か法話も続けています。
身の回りのの肉親も友人も、次々に波にさらわれる
ように慌ただしくあの世へ去っていきました。
今夜死んでも不思議ではない自分の、老いと死を
見つめ、どのように最期を迎えようかと考え続けて
います。
結論として、今のところ、「 老いも病も死も受け入れよう 」
という考えにたどりつきました。
闘うことも、逃れる方法もあるかもしれません。
でも、私のいま行きついた気持ちは、それが持って生まれた
人間の運命なら、すべてをすんなり受け入れようというものです。
そしてそれは思いの外に、心の休まる結果を招いています。
やがて必ず迎えられるあなたの老いと死の参考にして
いただければ幸いと思います。
著者: 瀬戸内 寂聴( せとうち じゃくちょう )
1922(大正11)年5月15日徳島生まれ。
東京女子大学卒。
57(昭和32)年「 女子大生・曲愛玲 」で
新潮社同人雑誌賞受賞。
73年11月14日平泉中尊寺で得度。法名寂聴(旧名晴美)。
92(平成4)年「 花に問え 」で谷崎潤一郎賞、
96年「 白道 」で芸術選奨、2001年「場所」で野間文芸賞、
11年「 風景 」で泉鏡花文学賞を受賞。
98年に「 源氏物語 」の現在語訳(全10巻)が完結。
06年文化勲章を受章。
著書に「 かの子撩乱 」「 美は乱調にあり 」「 青踏 」「 比叡 」
「 手毬 」「 いよよ華やぐ 」「 釈迦 」「 秘花 」「 奇縁まんだら 」
「 月の輪草紙 」「 わかれ 」など多数。
2021年11月9日永眠( 99歳 )
発行: 2016年5月30日
発行所: 株式会社 新潮社
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021年11月11日 17時28分31秒
もっと見る