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貴方の仮面を身に着けて

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2006/10/11
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きらきら


竹生は真彦の耳元でささやいた。
「呼び声が届いたようだな」
真彦は握っていた幸彦の手が微かに動いた気がした。真彦は胸に耳を押し当てた。鼓動が聞こえた。真彦は叫んだ。
「生きてる!お父さん、生きてるよ!」
「お前の想いが、幸彦様を絶望の淵から救ったのだ」
「ねえ、お父さん、目を覚ます?」
「それは私にも分からない」
真彦は幸彦の夢を探ろうとした。竹生の鋭い声が飛んだ。
「よせ、今はまだ幸彦様を起こしてはならない!」
真彦は驚いた。
「どうして」
「今の幸彦様は不安定なのだ。へたに刺激を与えれば、もう二度と戻って来られぬかも知れぬぞ」
朱雀が言った。
「しばらくは様子を見るという事でしょうか」
竹生は真彦を見ながら言った。
「この世に留まりたいと、幸彦様が思い直して下さるなら良いが」
「それは真彦様次第と言う事ですか」
「真彦と」
竹生はそこで言葉を切り、朱雀をじっと見た。

朱雀はまだ竹生の言いつけに従っていなかった。朱雀は逃げられないと悟った。
「”外”の病院で治療をと考えております」
「お前が面倒を見るのだな」
朱雀は頷いた。
「はい」
誰の事を話しているのか名前は出さずとも、そこにいる者達には分かっていた。
「お前は母と離れても良いか?」
竹生の言葉に真彦は少し考えた。そして答えた。
「お母さんが良くなる為なら、いいよ」

竹生は更に尋ねた。
「お前は父と暮らしたいか」
真彦の顔が明るくなった。
「いいの?一緒にいられるの?」
「それは幸彦様とお前が決める事だ」
「反対されないかな」
真彦は村の顔役の老人達の顔を思い浮かべた。
「父と子が共に暮らすと言うのだ、誰がそれを邪魔出来るのだ」
竹生の長い髪が舞い上がった。
「佐原の土地が拒むなら、聞きもしよう。だが人の思惑がそれを拒むなら・・」
風は吹き荒れ、皆の髪も衣服もなびいた。
「私はその者を許す事はないだろう」

真彦は、この美しい人でない者に魅入っていた。真彦が物心ついてから数度しか会った事はないが、いつまでも変わらぬその白き髪の美貌の主には、誰もが畏れを抱いているのを知っていた。真彦は竹生を見て、はっきりと言った。
「僕はお父さんと一緒に暮らしたい」
風が吹き荒れ、竹生の顔が白く長い髪に隠れた。そして雲間の月の如く現れたのは世にも稀なる輝きに満ちた笑顔だった。真彦は竹生の笑顔を初めて見た。それはどんな哀しみも苦しみも忘れさせる天上の微笑だった。竹生は真彦の傍らに跪き、その小さな手を取った。
「良くぞおっしゃって下さいました。真彦様」
竹生は貴婦人にでもするように、真彦の手の甲に口付けた。
「幸彦様のお子様である方、これからは私を”竹生”とお呼び下さい。私は貴方を御父上同様にお守り致します」

真彦は間近に迫る美しい顔に、酔ったような気持ちになった。
「幸彦様がお目覚めになられるかどうかは、貴方の愛にかかっております。どうか又いらして下さい」
ふわふわとした心地の中で、真彦は言った。
「でも僕一人ではここへ来られないよ」
「僕が一緒に来るよ、僕が柚木を守る」
柚木が叫んだ。竹生はちらりと流し目で柚木を見た。柚木は全身に甘い衝撃が貫いた気がした。足元がふらつき忍野に寄りかかってしまった。竹生に出会うと誰もがそうなると知っている忍野は微笑み、息子を支えた。

「朱雀」
「はい」
「斤量と新しき異界の者に、真彦様の送り迎えをさせよ」
「はい」
「柚木」
「はい」
名前を呼ばれ、柚木は夢見心地で返事をした。
「お前も一緒だ。真彦様の最強の盾よ」
竹生に最強の盾と言われ、柚木は誇らしさで胸が一杯になった。
「はい、真彦様をお守り致します」
忍野は励ます様に息子の肩を軽く叩いた。



(続く)
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Last updated  2006/10/12 02:15:17 AM
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