「それは、先ほど伝えた通り、負傷兵たちの食糧確保の手助けをしてくれる者たちが必要だからだ」
「そのような建前のことなど聞いていない。
何を企(たくら)んでいるのかと聞いている」
アレッチェの有無を言わさぬ厳然たる尋問口調は、完全に全権植民地巡察官のそれであり、そこが病室であることを忘れそうになる。
トゥパク・アマルは、瞼を僅かに伏せ、まだ少し冷水の残っている手元のグラスを机上に戻した。
全てを見通していながら自白を迫るかのような、己に対するアレッチェのあからさまな高圧的態度は、「断罪者」と「大罪人」という構図を敢えて浮き彫りにしようとしているのだと分かる。
それは、「植民地の秩序と平和を守るために、反乱鎮圧という王命を帯びた全権植民地巡察官」と、「前代未聞の大規模反乱という暴挙に出て、国中を恐怖と無秩序に陥れた大謀反人」という構図である。
しかし、その「秩序と平和を守る」ために副王ハウレギや全権植民地巡察官たるアレッチェが実際におこなってきたことは、インカの民や黒人たちから血の最後の一滴まで絞り取るに等しい搾取と虐待であった。
“血の最後の一滴まで絞り取るに等しい搾取と虐待”――それが文字通りの事実であって、単なる比喩的な表現ではないことは、インカ帝国が征服されてからの甚だしい人口減を見れば一目瞭然である。
インカ帝国時代には1000万人を越えていた民の人口は、今や100万人もやっとという激減ぶりであった。
ほぼ生きては戻れぬ劣悪条件下での強制重労働、骨の髄まで搾り取る常軌を逸した重税、人を人と思わぬ奴隷化した非人道的扱い、さらには、ヨーロッパからもたらされた天然痘やはしか、インフルエンザなどによって、想像を絶する人命が奪われてきたのだ。
もちろん、そうした状況を生み出したのは、現在の副王やアレッチェだけではない。
インカ帝国が侵略され、スペインの支配下に置かれてから、この約250年間、延々と続いてきたことである。
だが、今ここで、再び、そのようなことを言い合ったところで、互いの間にある溝は、ますます深まるばかりであろう。
トゥパク・アマルは、アレッチェに気付かれぬよう、己の心を鎮めようと深く息を吸い込んだ。
かたや、アレッチェは、強度の苛立ちを隠そうともせず、ますます傲慢な口ぶりで、執拗に詰問を続けてくる。
「トゥパク・アマル、なぜ黙っている?
おまえは、どれだけわたしを苛立たせれば気が済むのだ?
やはり、やましい策謀があるからか?」
「そのようなものはない」
感情を排したトゥパク・アマルの低音が、無機質に響く。
それから、彼は、伏し目がちだった瞳を再び決然と上げていく。
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≪トゥパク・アマル≫(インカ軍)
反乱の中心に立つ、インカ軍(反乱軍)の総指揮官。
インカ皇帝末裔であり、植民地下にありながらも、民からは「インカ(皇帝)」と称され、敬愛される。
インカ帝国征服直後に、スペイン王により処刑されたインカ皇帝フェリペ・トゥパク・アマル(トゥパク・アマル1世)から数えて6代目にあたる、インカ皇帝の直系の子孫。
「トゥパク・アマル」とは、インカのケチュア語で「(高貴なる)炎の竜」の意味。
清廉高潔な人物。漆黒長髪の精悍な美男子(史実どおり)。
≪ホセ・アントニオ・アレッチェ≫(スペイン軍)
植民地ペルーの行政を監督するためにスペインから派遣されたエリート高官(全権植民地巡察官)で、植民地支配における多大な権力を有する。
ペルー副王領の反乱軍討伐隊の総指揮官として、反乱鎮圧の総責任者をつとめる。
有能だが、プライドが高く、偏見の強い冷酷無比な人物。
名実共に、トゥパク・アマルの宿敵である。
トゥパク・アマルに暴行を加えていた際の発火によって大火傷を負い、その現場である砦を占拠したインカ軍の元で治療を受けている。
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