英語で読む村上春樹(1)
たまたま、「NHKラジオ 英語で読む村上春樹」というテキスト本をアマゾンで目にしたので、NHKラジオの語学のページを検索してみると、英語だけではなくドイツ、ロシア、中国、フランス、アラビア、ハングル、スペイン、イタリアなどの諸言語の入門講座の案内と音声ストリーミングを提供していることを発見しました。早速、無料会員登録をして聴いてみることにしました。利用登録のページはここです。以前、村上春樹の「羊たちの冒険」の原文と英訳の比較を試みたことがありますが、両者の間にかなりの食い違いがあるので、これはやってられない、と投げ出してしまいました。そもそも、文学作品の翻訳というのはほぼ不可能な技だと思います。原文のニュアンスを捉えようとすると逐語訳はある程度避けざるを得ないし、そうすると翻訳としての当初の任務を逸脱してしまう、その逆に翻訳を忠実に熟そうとすると、翻訳家=読者として感じたものが手から滑り落ちてしまう。このバランスをうまくとる翻訳が名訳なのでしょうが、大方の読者は原文を読まないわけですから名訳かどうかなど、解る由も知る必要もありません。「英語で読む村上春樹」、10月からは「ねむり」という短編を扱っています。週一回、30分の放送のようで、ウエッブサイトで聴けたのは10月11日放送分です。どうやら無料版では、毎週古いものを削除して新しいものを載せるようです。30分の放送内容は、原文と英訳を十数行ずつ朗読し、その後で講師の小澤 英実とMatthew Chozickがいくつかのフレーズを検討していく、というものです。10月11日放送から一部再現してみます。原文は手元にないので、句読点や漢字・ひらがな表示は正確ではありません。多分あなたがハンサムだから患者が押し寄せてくるんじゃないかしら、と私は言う。いつもの冗談だ。私がそう言うのは彼が全然ハンサムじゃないからだ。どちらかと言えば、夫は不思議な顔をしている。今でも時々こう思うことがある、どうして私はこんな不思議な顔の人と結婚しちゃったんだろう、私にはもっとハンサムなボーイフレンドだっていたのに、と。彼の顔の不思議さをうまく言葉で説明することができない。もちろんハンサムではないが、かといって醜男というのでもない。いわゆる味のある顔というのでもない。正直に言って、ただ不思議としか表現のしようがないのだ。あるいは、とらえどころがないという形容が近いかも知れない。でもそれだけではない。最も重要なポイントは、夫の顔をとらえ難くしている何かの要素なのだと思う。それを把握すれば、その不思議さの全体像が理解できるのではないかと思う。でも私にはまだそれが把握できていない。一度何かの必要があって彼の顔を絵に描いてみようと試みたことがあった。でも私にはそれができなかった。鉛筆を手にして紙に向かうと、夫がどういう顔をしていたか全く思い出せなかった。私はそれでちょっとびっくりしてしまった。これだけ長く一緒に暮らしているのに、夫がどんな顔をしていたかも思い出せないのだ。もちろん見ればわかる、頭にも浮かぶ、でもいざ絵に描こうとすると、自分が何も覚えていないことを思い知らされるのだ。まるで見えない壁にぶち当たったみたいに私は途方に暮れてしまうことになる。ただ不思議な顔だとしか思い出せないのだ。そのことはときどき私を不安にさせる。でも彼は世間の大方の人に好感をもたれたし、言うまでもないことだが、それは彼のような職業にとってはとても重要なことだった。歯科医にならなくても彼はたいていの職業で成功しただろうと思う。多くの人々は彼と会って話していると知らず知らず安心感を抱いてしまうようだった。私は夫に会うまでそういうタイプの人に一度も巡り合ったことはなかった。私の女友達もみんな彼のことが気に入っている。もちろん私だって彼のことが好きだ。愛しているとも思う。でも正確に表現するなら特に気に入ってはいないと思う。"I know why you've got so many patients," I always say to him. "it's because you're such a good-looking guy." This is our little joke. He's not good-looking at all. Actually he's kind of strange-looking. Even now I sometimes wonder why I married such a strange-looking man. I had other boyfriends who were far more handsome. What makes his face so strange? I can't really say. It's not a handsome face, but it's not ugly, either. Nor is it the kind people would say has "character." Honestly, "strange" is about all that fits. Or maybe it would be more accurate to say that it has no distinguishing features. Still, there must be some element that makes his face have no distinguishing features. And if I could grasp whatever that is, I might be able to understand the strangeness of the whole. I once tried to draw his picture, but I couldn't do it. I couldn't remember what he looked like. I sat there holding the pencil over the paper and couldn't make a mark. I was flabbergasted. How can you live with a man so long and not be able to bring his face to mind? I knew how to recognize him, of course. I would even get mental images of him now and then. But when it came to drawing his picture, I realized that I didn't remember anything about his face. What could I do? It was like running into an invisible wall. The one thing I could remember was that his face looked strange. The memory of that often makes me nervous. Still, he's one of those men everybody likes. That's a big plus in his business, obviously. But I think he would have been a success at just about anything. People feel secure talking to him. All my women friends like him. And I'm fond of him, of course. I think I even love him. But strictly speaking, I don't actually like him.少々長く引用しすぎたので、この部分に関しての講師達の解説は次回紹介することにします。