|
カテゴリ:思うこと
かくして、縄張りの確保を済ませた我々は、手渡された灰色の作業着に着替え、なぜか黄色いヘルメットを装着し(う~む今となっては懐かしき赤・青・白・黒のわが青春のヘルメットたちよ)、到着早々、現場へと向かった。時は金なり、なのである。 頑丈そうな鉄のドアを開け、現場に入って驚いた。これまで見たことのない異様な風景である。コンクリートの壁に囲まれた20平方mほどの部屋。天井は見上 げるように高い。そして、その壁の一面だけに直径5cmほどの穴が無数に、だが規則的に並んでいる。外と違い、部屋の中の空気はひんやりとしていた。あま り芳しくない臭気も漂っている。 閉所恐怖症の方、潔癖症の方にはおすすめできない環境である。 「え~、これからきみたちにやってもらうことを説明しま~す」と、劣悪な環境は少しも気にならないのか、現場監督の眼鏡さんは陽気に言った。 我々は神妙に彼の説明を拝聴する。 「え~、火力発電は簡単に言えば、水を温めて蒸気にして、タービンを回して発電するわけです。え~、つまり蒸気機関車と同じ原理ですね~」 なるほど。 「で~、その壁に空いている沢山の穴はパイプでして、え~、そこに注水してボイラーで温めるわけです」 ということは、我々がいま居る所は、普段は満水状態なのか? 「え~、いま発電所は停止中でして、これからパイプに詰まりがないか、疵がないか、破損していないかを検査するわけです。検査方法は・・・、え~と、ちょっと待ってください」 と、彼は片隅の大きな木箱をごそごそと探り、あるものを手に取った。 それは明らかに銃である。一見マシンガンのような形をしている。まさにガンである。 (うほほ・・・何を隠そう私はガン・マニアで、後日、もう少しオトナになってから、海外で射撃観光をしてきたこともある。) 「え~、これから見本を見せますね~」 監督はまた木箱を探り、今度はビニールテープで包まれた短い筒状のものを取り出した。それをパイプの穴の入り口に差し入れる。筒には長いケーブルがつながっている。 「え~、ちょっと大きい音がします。すぐ慣れますけど(笑)」と言って、彼は銃を穴に当てた。 バッシュッ!という鋭い音が密室に反響し、ケーブルが捕鯨船の銛みたいに勢いよく穴の中に向かって走った。 「これはエアガンなんですね~。向う側にこれで撃ち込みます」 そして監督は銃を置き、両手で、ケーブルをつかみ、ゆっくりと引き戻し始めた。 この監督の話は「え~」が多いので省略し、かいつまんで言うと、長いケーブルがつながっている先端の筒はセンサーで、これを引っ張って戻していくと、電波 でパイプの状態が検査できるというものである。検査結果は片隅の机に設置してある、嘘発見器みたいな機器にグラフで記録されていくというものだ。今で言 う、非破壊検査なのである。 「え~、この引き戻すときはゆっくりと同じ速度で行ってください。早く引っ張りすぎると記録に誤差が出てしまいます」 すると、最後に穴からヘドロ状のものが雲古のようにあふれ出てきて、やがて筒が座薬のようにひょっこり顔を出した。 案の定である。まあ、汚れ仕事とはわかっていたが・・・。ギャラ高いしな~。 「え~、それでは一人ずつやってみましょう」 我々青春の労働者たちは顔を見合わせたが、もちろん私が一番手に名乗りをあげた。はやく撃ってみたいし。 「あ~、それから、このエアガンは絶対に人に向けないでくださいね~」 (え~、え~! そうなのぉ? 撃つなと言われても、心理的にそれはムリ無理むり・・・。撃っても死ぬことはないだろうし・・・) 私は監督がしたとおりに、筒をそっと穴に挿入し、エアガンの銃口をあてがい、ためらうこともなくトリガーを引いた。 バッシュッ! う~む、快感! 「お~、いいですね~。最初はなかなか一発で奥まで届かないものです。あなた経験者ですか?」 なわけないだろ! 銃を撃った瞬間は気持ちが良いが、そのあとケーブルを一定速度で引っ張る作業が、なにか情けないのである。 「え~、引き抜く速度は体で覚えてください」 その後、一人ずつ試し撃ちを行い、合格するまで監督が指導をした。 こうして要領がわかってきた我々は、いよいよ電波を通す本番に入り、バッシュッと快感、ぬるぬる不快を繰り返していったのだった。 やってみてわかったことだが、パイプが詰まっていた場合、奥まで届かないので撃ち込んだ時点でわかるし、発射の勢いで詰まりが解消してしまうこともある。何度撃ってもだめな場合は監督に報告する。 壁の反対側がどうなっているのか、その構造はさっぱりわからなかったが、それは我々の関知するところではない。 これもやってみてわかったことだが、顔も衣服も泥だらけになる。しかし、人は劣悪な環境でも徐々にそれに慣れてしまうしぶとさを持っている。顔が汚れようが、多少の泥が口に入ろうが、気にならなくなってくるのである。 で、やっと迎えた楽しい楽しい昼食。 我々は顔を洗い、口を漱ぎ、まかないのおばちゃんがつくってくれた弁当を開けた。大きな弁当箱である。いわゆるドカ弁なのである。ご飯もおかずもたっぷりある。本日はサバの煮付けがメインで、ソーセージ、卵焼き、サラダなど盛りだくさんである。味は濃いめ。さすが肉体労働者に接し慣れている、なかなかデキルおばちゃんなのである。 ふと、傍らの見ると、T本が弁当を食べず、じっとみつめている。 「どした? 具合でも悪いのか?」 「そうだった・・・弁当のことは忘れていた・・・」 呆然自失という言葉があるが、人生で実際にそれを見る機会はあまりない。私はそのとき初めて、文字通り呆然自失の人を見てしまったのだと思う。 (まだ続くよ)
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[思うこと] カテゴリの最新記事
|