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団塊倶楽部

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エッセー

2010年03月22日
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カテゴリ:エッセー
一昨日からの強い風。

私の処でも今朝までは強風が吹き荒れた。

今は少しは穏やかになった、という状況だがまだ安心はできない。

私の家は古いので屋根が吹き飛ばされないか、ずっとびくびくしている。


この強風で日本各地で被害が発生したようだ。


岩手でも鉄道が運休や区間運休したり、空の便でも欠航や遅れが発生。

家屋でも屋根がはがれたり、めくれ上がる被害も出た。


今回のような強い風。

彼岸の頃に荒れるので「彼岸荒れ」と呼ぶらしい。

3月の別名は、

弥生(やよい)、花見月(はなみづき)、桜月(さくらづき)、夢見月(ゆめみづき)

等さまざま別名を持つ。

いずれも温雅な呼び名が多い。


けれど、ひと皮むけば3月の本性は荒々しい月なのだ。

春みたいな陽気になったり、いきなり荒れて大暴れしたり。

3月は温雅な呼び名の一方で、荒々しさを持ち合わせている月なのだ。








最終更新日  2010年03月22日 19時01分49秒


2010年02月28日
カテゴリ:エッセー
私は麺類が大好きです。

夕べKeityan(妻)が夕食に、お汁代わりに日本蕎麦を作ってくれた。


蕎麦といえば昔一杯のかけそばという映画化もされた短編小説があった。


「ある年の大晦日の晩、札幌の「北海亭」という蕎麦屋に子供を2人連れた貧相な女性が現れる。

閉店間際だと店主が母子に告げるがどうしても蕎麦が食べたいと母親が言い、店主は仕方なく母子を店内に入れる。

店内に入ると母親が「かけそばを1杯頂きたい」と言った。

主人は母子を思い、内緒で1.5人前の蕎麦を茹でた。

そして母子は出された1杯のかけそばをおいしそうに分けあって食べた。

この母子は事故で父親を亡くし、大晦日の日に父親の好きだった「北海亭」のかけそばを食べに来ることが年に一回だけの贅沢だったのだ。

翌年の大晦日も1杯、翌々年の大晦日は2杯、母子はかけそばを頼みにきた。

「北海亭」の主人夫婦はいつしか、毎年大晦日にかけそばを注文する母子が来るのが楽しみになった。

しかし、ある年から母子は来なくなってしまった。

それでも主人夫婦は母子を待ち続け、そして十数年後のある日母とすっかり大きくなった息子2人が再び「北海亭」に現れる。

子供達は就職してすっかり立派な大人となり、母子3人でかけそばを3杯頼んだ」

こんな物語です。

多くの人が涙しました。


蕎麦ではなくラーメンだけど、私にも「一杯のかけそば」のような光景があったことを思い出した。


盛岡で何かの飲み会があった。

飲んだ後というのは、お腹は結構一杯なんだけど何故かラーメンを食べたくなる。

この時は帰りが同方向のEさんと2人だった。

ラーメンを食べて行こう、となった。

とある中華料理店でラーメンと餃子を注文。

出来てくるまで軽く一杯と、ビールで乾杯した。


そんな私の前のテーブルではどちらも小学校に入る前の女の子2人を連れた、あまり身寄りが良いとはいえない感じの母娘がいた。

3人のテーブルにはラーメンが1杯だけ。

小さなプラスチックの椀を二つ借り、娘2人は仲良く食べていた。

母親は全然食べず、娘2人が食べているのをにこにこと見ているだけ。


それとなく見ていた私のビールは進まなくなった。

後から出てきたラーメンや餃子にも中々箸が進まない。


しばらくした後、母娘のテーブルにチャーハンや野菜炒めが並べられた。

母親もチャーハンや野菜炒めを美味しそうに食べ始めた。

ほっ。

胸につかえていた物が何処かへ行った。

ビールは勿論、ラーメンや餃子もどんどん進んだのだった。


夕食の日本蕎麦から「一杯のかけそば」を。

更に「一杯のラーメン」の思い出まで、嘗て見かけたそんな光景を思い出した。




[1992年電通=東映:DVD未発売]一杯のかけそば●監督:西河克己//渡瀬恒彦/市毛良枝/泉ピン子  (中古ビデオ/VHS) 【中古】






最終更新日  2010年02月28日 12時37分52秒
2010年02月10日
テーマ:徒然日記(19004)
カテゴリ:エッセー
昨日、ハローワークに行って仕事を探した。

結局、応募したい、できそうな会社が見つからなかった。

ただ探してきただけ。

厳しい状況は今も変わらず。


こうなるとどうしても家の中でごろごろする時間が多くなる。

「引きこもり」になる。

最近では「巣ごもり」という言葉を聞く。

「引きこもり」「巣ごもり」はどう違うのか ?

良く分からない。


「引きこもり」ということで、私の身の回りである中学・高校生がイジメにあったり、何らかの理由で学校へ行けなくなった。

その結果、家に「引きこもり」になった、という話は聞いていた。


しかし最近はバリバリ働いている30代、40代の働き盛りの世代の人たちでも「引きこもり」が増えているという。

会社をリストラされたり人間関係に悩んだりして退職し、突然「引きこもり」になるケースが増えているというのだ。

なかでも男性は会社を通じた人間関係、 社縁を失うと社会との接点が無くなってしまう傾向にあるという。


引きこもりとなった人たちの共通点。

それは「自分がこうなるとは思わなかった」という人がほとんど。

「自分は強い人間で、引きこもりは弱い人がなるものだと思っていた」と話す人も。

そうした人たちはいずれも、「早く社会に復帰したい」と考えているものの、引きこもりに陥るまでの辛い過去はなかなか頭から離れず、再び働くことに怖さを感じるという。

近所付き合いなど地域との縁も築けないでいると、ますます孤立し、元のを取り戻すことは決して簡単ではない。


仕事は勿論、会社の人。

何処かへ飲みに行ったり遊びに行くにも会社の人と。

年賀状は殆ど会社の人ばかり。

ご近所とのお付き合い、地縁なし。

親類・縁者との血縁も殆どない。


そんな人がある日突然、社縁を失った途端に「引きこもり」に。

私のような還暦を迎えた者より、働き盛りの引きこもりは深刻な問題だ。


ではそうした人たちが、どうすれば元のを取り戻せるのか ?

もしくは新たなを築けるのか ?

出来る範囲で地域の行事に参加する。

同級生などに正直に話をしてみる。

等が思いつくものの、真の解答は見つからない。

それは引きこもりと言えども単純ではなさそうだから。

人によっては対人恐怖症うつ病パニック発作などの精神疾患を併発している人もいる。

そうなったら専門の精神科医師の適切な治療が必要となるであろう。


いずれこのテーマは私自身の大きなテーマとなっている。

今後どう対処していくかは試行錯誤していくしかない。






「引きこもり」から「社会」へ






最終更新日  2010年02月10日 12時28分19秒
2010年01月04日
テーマ:徒然日記(19004)
カテゴリ:エッセー
あるリサーチで「もう一度楽しみたいお正月遊び」で、「たこ揚げ」が1位だった。今も全国各地で大会が開かれているポピュラーな遊びだ。

2位にはボードゲームの原点でもある「すごろく」が入った。

3位は、かるた遊びや坊主めくりでおなじみの「百人一首」だった。

以下、
4位  羽つき

5位  かるた

6位  こま回し

7位  福笑い

8位  お手玉

8位  だるま落とし

10位 けん玉

の結果だった。


確かに小さい頃はお正月になると、風が少しあるときに外でたこ揚げをした。

家族や知り合いの人たちとすごろくかるた福笑いをそれこそ大笑いしながらやった。

負けたら顔に墨を付けられる羽つきも覚えている。


今はこうしたお正月遊びをしているのを見かけたことがない。

第一玩具自体があるのだろうか ?

小さい頃の遊びの代表格は「メンコ」だった。

街から駄菓子屋が消え、それと共に昔ながらのメンコ等の玩具も姿を消してしまった。


今は昭和のおもちゃはネット通販などでしか手に入らなくなったようだ。

あったら懐かしいしやってみたいと思う。

懐かしむだけでなく、楽しい遊び道具として、今の子どもたちと一緒に遊びたいものです。





イベントや子供会などに最適!風をうまくつかんだ瞬間をあなたは覚えていますか?ぐにゃぐにゃ...




単純なのに大盛り上がり。すごろく




★ルビ付きなので小さなお子様も楽しめる★ 小倉百人一首






最終更新日  2010年01月04日 12時16分56秒
2009年11月24日
カテゴリ:エッセー
「人生の中〆(じめ)」

椎名 誠 の「ぶっかけめしの午後」の中に、そういう言葉があった。



ぶっかけめしの午後


成る程。

誠に言いえて妙な言葉と感心した。

今月の1日に還暦祝いを兼ねた中学校の同級会をやった。

近くに居る人たちだけでこち”んまりとやる事はあっても、恐らく今後は大々的にやることはなかろう。

同級会も今回で終わりか...。

皆、頭は白くなったり、すっかりとなくなったり。お腹はぽっこりとして。

憧れの彼女も今ではすっかりおばあちゃん。

何よりも5人の先生の年をとられた姿を見たら、言葉がなかった。

歩くのにもなかなか大変で、女性達が手を添えてやっていた。

昔怖かった先生が...。
あのきれいだった先生が...。
 
何かじ~んと胸に迫ってきた。

先生5人が揃って来てもらうことはもう2度とないかもしれない...。 

そういう風に思いを馳せると寂しさを感じた。

そんな時に「人生の中〆」という言葉に出会った。

そうか「人生の中〆」として今回開催した、と思えば良いのだ。


中〆なので、本当のではない。

これからも少ないだろうがチャンスというものはきっとある。

そう思うと気持ちも幾分晴れるのだった。






最終更新日  2009年11月24日 11時37分30秒
2009年08月16日
テーマ:徒然日記(19004)
カテゴリ:エッセー
お盆休みも今日で終わりです。

今朝、亡きおふくろの実家からも拝みに来てくれた。

お昼頃、お墓に行って拝んできた。

夕方は送り火(おくりび)をして仏様を送ろうと思っている。


送り火迎え火用のたいまつです。用途によって追加でご注文下さい。【お盆用品】 たいまつ 6本入り

過ぎればあっという間の4日間。

仕事を持つ多くの人は明日から仕事であろう。忙しい日常が始まることであろう。

かく言う私は、職を失ってから最早8ヶ月になる。
今だ毎日が日曜日暮らしが続いている。
ポリテクセンターもほんの2ヶ月くらいで終わった。

この前、妹から「仕事を諦めたのか?」と言われた。

決して諦めた訳ではない。見つからないだけだ。

或るテレビで報道されていた。

私よりずっと若い30代の男性が何人か紹介されていた。

皆、派遣切れにあった人たち。


パート・派遣社員のためのコンプライアンスABC第2版

毎日のようにハローワークに通っても仕事がない。
応募しても面接すら出来ず、書類選考の段階で不採用となる。

止むを得ずアルバイトをしながら仕事を探そうとしても、そのアルバイトすら採用してもらえない。
10~20代のもっと若い人しか採用にならないのだ。

改めて今の世の厳しさを知らされた。

折りしも衆議院選挙が間も無く公示になる。

どの党も、どの人も書きたい党や人がいない。
白票や棄権は今まで1度もないが、はてさて一体どの党、人を書いたら世の中が良くなって
くれるのだろうか・・・?

今はどうせ暇な身。
ここはじっくりと検討して、投票しよう。



衆議院選挙の手引(平成21年)






最終更新日  2009年08月16日 15時00分40秒
2009年05月15日
カテゴリ:エッセー
脳のどこかに「海馬」という部分がある。それが人間の記憶をつかさどっているという。

私はどうやらこの「海馬」に問題があるらしい。

今日、用事があって盛岡へ行って来た。
帰りにコンビニに寄った。

手提げバッグから財布を取り出し、外へ出ようとキーを抜こうとした。

キーが付いてない。

バッグをひっくり返して探したが見つからない。

座席や座席の下も懸命に探したが見つからない。

上着やズボンのポケットというポケットを調べたがない。

ふと、助手席の座布団をひょいと上げたら、助手席にちょこんと座っている。

更に続く。

家へ帰り、図書館に行く時。

この前借りた本が1冊足りない。
4冊借りたのに3冊しか見えない。
手提げバッグにいれた(はずの)1冊が見えないのだ。

車の中を探す。座席にも座席の下にもない。
家の中を探しても見つからない。

ふと、ショルダーバッグを探したら、そこに1冊隠れていた。

手提げバッグから何時移し変えたのか全然覚えていない。
とんと記憶が消えている。

こりゃ~もしかしたらボケが始まったか...。

要するに生まれつき「海馬」の機能が劣っているのだ。

人の顔や名前を覚えるのも昔から大の苦手。

ついこの前も、ある中年の男性から、
「Tさん、暫くでした。その節は色々お世話になりました」
そう挨拶された。

『はぁ~?誰だっけ?』

分からない。思い出せない。

始めに、
「どちら様でしたか?」
と、聞けば良かったが、ついタイミングを失した。

適当に話を合わすしかなくなった。

「小学校からうちの息子もお宅のと一緒に野球をやって・・・・」

それでようやくYさんだと思い出した。

実生活だけでない。
テレビや映画を見ても同じ。

特に最近の若いタレントの顔と名前を覚えることが難しい。

「この俳優は以前出ていたあの○○では?」

「違うよ。この人は△△よ」

万事こんな調子。

こんな調子だから失敗もよくある。

ビデオやDVDも時々借りて見る。
じっくり選んで借りてくる。

半分以上も見てから、はっと気づく。

「これは、ついこの前見たDVDだ」

もっと頭が良い、「海馬」の機能が高い子に産んでくれたらよかったのにと...。

何度生んだ親を恨んだことか...。

還暦をもうじき迎える年齢となり、今更どうしようもなく、
今更どうでも良いことになったが。



【古本】海馬 脳は疲れない/池谷祐二 糸井重里


【古本】今からわかるボケる人ボケない人 新版/フレディ松川






最終更新日  2009年05月15日 22時34分51秒
2009年05月13日
カテゴリ:エッセー
今年1月に失業した。

昨年12月半ば過ぎから有給休暇に入ったので、最早5ヶ月経った。

仕事があれば直ぐにも仕事に就きたい。
厳しい今の状況。なかなか見つからない。

仕事は焦らずに探していくしかなさそうだ。

そんな訳で普段は家の中は自分一人。

テレビを見る。前日に録画したビデオを見る。小説、エッセーなどいろいろな本を読む。
パソコンに向かってブログを書く。
飽きたらごろごろしたり、昼寝や居眠りしたり。

一人で居る時はそれなりに過ごしている。

一人で居る時より、妻が休みで朝から家に居る時がむしろ問題だ。

始めの内は話もそれなりに進む。
そのうち段々面倒くさくなる。返事もしたくない。

テレビも結局見たくもない、好きでもない番組に付き合わなければならない。

妻が自分の周りをうろうろされるだけで、いらいらしてくる。

一緒に居て良いのはせいぜい1~2時間くらいだ。

でもそれは妻も全く同じなのだ。

「夫(妻)がいなくては困る。だけどずっと一緒に居ても困る」
これは定年になってずっと一緒に居る夫妻から良く聞かされる。

お互い自分の時間を持つことが必要なのであろう。

仕事を持つのが一番良いかもしれないが、なければ趣味など自分の好きなものを見つけることであろう。

夫と妻は付かず離れず。離れず付かず。程よい距離が必要なようだ。



定年の身じたく


定年ちょっといい話


定年漂流






最終更新日  2009年05月13日 20時47分08秒
2009年05月09日
テーマ:おくに言葉(1)
カテゴリ:エッセー
お天気のいいある朝。

通りへ出たら知り合いのSさん(今年70過ぎ?)とバッタリ。

Sさん、
「あんべぇ なんじょだ?」

共通語にすると、
「あんばいは どうですか?」
となる。

「あんばい」を漢字にすると、
按配、按排、塩梅とある。
それぞれニュアンスが少し違うようだ。

「塩梅」

「えんばい」の転。
中世末期から近世初頭にかけて混同されて使われた語。

1塩と梅酢で調理すること。
 一般に料理の味加減を調えること。また、その味加減。
 「ご飯がいいあんばいに炊けた」

2具合。調子。
 「今日はあんばいがいい」
 「いいあんばいに晴れてきた」

按配・按排

1物をほどよくならべること。
 「庭木のあんばいがいい」

2うまくいくように工夫すること。
 「仕事のあんばいを考える」

さて今朝のSさんの、
「あんべぇ なんじょだ?(=あんばいは どうですか?)」
は、
「体の具合はどうですか?」と、
「仕事はうまくいってますか?」
の2つの意味だ。

これで地元の人間なら充分伝わるのだ。

そこにおくに言葉(=方言)の味わいがある。



もっこすとは熊本の方言で意地っ張り、頑固者一徹ものを意味します。産地直送熊本もっこすラーメン 豚骨味一人前



【桜フェア】 沖縄の方言編



博多方言〔よかろうもん〕 クリアキューブストラップ






最終更新日  2009年05月09日 11時08分37秒
2009年05月07日
カテゴリ:エッセー
「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」

江戸時代の俳人 山口 素堂の作。

目にする山には青葉が生い茂っている。

山や里にはほととぎすの鳴き声が聞こえる。

店先には初鰹の活きのいい姿が並ぶ。

お花見が過ぎてこんな気持ちの良い時季を迎えている。

この頃気が向いたときに、早朝にウオーキングをしている。

ある朝、ふと気が向いて地元、田頭(でんどう)の「舘山(たてやま)」に登った。

舘山(1)
(舘山公園 入り口)



舘山(2)
(舘山公園 本丸跡)

昔、この山に田頭(でんどう)氏という豪族がいて、「田頭城」を築いた。

現在は「田頭舘山公園」となっている。


舘山(3)
(舘山から見た岩手山)


舘山(4)
(舘山から見た姫神山)


この山に登るのは何十年ぶりだろう。

子供の頃は友達としょっちゅうこの山に登って遊んだ。

10~15分もあれば登れる。
たいした山ではないが、それでも山は山。
年のせいもあるだろうが、登るのはきつかった。

自分の町を山から見るのも久しぶりだ。

「山がそこにあるから登る」

山登りが好きな人がよく口にする言葉らしい。

イギリスの登山家ジョージ・マロリーが「なぜ、あなたはエベレストを目指すのか」と問われて「そこに山があるから」と答えたということかららしい。

若い頃、山好きな人たちに連れられて岩手山早池峰山などに登ったことがる。

その人たちもこんな事を言ってた。

予てからこの言葉には疑問があった。
納得できないというかいまいち馴染めないのだ。

「山がそこにあるから登る」
というのは、いかにも人間が自然を征服しようという考え、発想なのではないか...。
これを言ったとされるマロリーはどういう意味で言ったのか、知るよしもないが、私にはそう思われてならない。

日本人には馴染まない気がするのだ。

どの山にも必ずといっていいほど神社が建っている。
日本人にとって山はそのものなのだ。
先祖代々山を拝み信仰の対象としてきたのだ。

「山がそこにあるから登る」
という山を征服の対象にした考え、発想はそもそも日本にはなかったに違いないと、思うのだが...。

ともあれ今は、

「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」

の誠に気持ちのよい時季。

近くの小山に行って目には青葉 山ほととぎすを多いに楽しみたい。

夜は初鰹でちょっといっぱい。


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最終更新日  2009年05月07日 14時46分43秒
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