エルニーニョとカー・エンジニアリング~第3話~
昨日からの続きになりますが、NA(自然吸気)ユニットとターボ・ユニットをレーシング・エンジンに置き換えてみると現在ではF1のNAエンジン(自然吸気)が20,000回転オーヴァーという途方もないピッチで回ります。 一方、ターボ過給するレシプロ・レーシング・エンジンは近年は少ないので80年代後半から90年代のターボ全盛期のエンジンを例にとってみます。 ミハエル・シューマッハーが搭乗していたことでも知られるザウバー・メルセデスC9あたりがターボ・ユニットの一つの完成形でしょう。88年や89年に全盛期を迎えていたWSPCにスイスのザウバー・ティームと手を組んで参戦しレース・シーンでシルバー・アロウの復活果たしたメルセデスのC9は5,000ccV8ツゥイン・ターボというエンジンを搭載していましたが公称では720ps前後を発揮していました。 現在のF1エンジンの出力は800馬力前後ですので若干出力としては落ちます。しかし、F1のV8、2.5リットルが20,000回転で800馬力を発揮しているのに対し、C9のV8、5,000ccは市販車より若干高い程度の7,000回転あたりで720psを発揮していました。 お解りでしょうか?20,000回転と7,000回転での発熱量の違いは推して知るべしですからクーリング・システムも自ずと変わってきます。 市販車(一般車)領域で言われていることとレーシング・カーなどのコンペティション・モデルで考えられることは全く違います。確かに排気タービンが持つ発熱量も馬鹿には出来ませんが、問題なのはエンジン単体の発熱量のほうですから20,000回転のエンジン冷却はフォーミュラのパッケージングであればこそ出来ている冷却効率でしょう。 そんな市販車に近いターボ・エンジンが何故レーシング・ユニットのように使えるかと言えば、900kgを切る車輌重量に80kgmを超えるモンスター・トルクを有している点でしょう。この最大トルクを発生する回転域は未発表でしたのでどの回転域なのかはハッキリしませんが5,000ccのV8で、最大出力の発生回転数が7,000回転であること踏まえれば3,500から4,500回転あたりが実用的なトルク発生領域となります。 低中速はトルクを使い、ストレート・スピードはパワーで乗せるという走り方が可能になります。この考え方が昨今のディーゼル・ターボにも当てはまります。リーン・バーンでそんなに高い回転域には回さずにターボ・トルクで走るという考え方です。これはターボ技術やターボ・チューンが進化したからこそ使える手法でもありますし、スプリント用マシンと耐久用マシンの根本的な設計思想の違いでしたがこれも近年は色分けが難しくなってきています。 FIA-GTや日本のスーパーGTなどは明らかにスプリント・レースのための技術で耐久を走っていますしGP2もそうです。 GP2に関して否定的な方がいらっしゃいますが僕がGP2に注目している理由はここにもあります。スプリントに使うエンジンとしては異例なほどトルキーなエンジンです。通常フォーミュラは回してなんぼのエンジンが主体で、アッパークラスのフォーミュラほどその傾向が強くなるのが世界的な傾向です。ところがこのエンジンは性格そのものがトルク指向のエンジンのようで、回してピーク・パワーを維持して走るという単純なスキルではタイムを削ることは難しいようです。 僕がかねてから今後F1にステップ・アップして行くドライヴァーはGP2経験者が圧倒的に多くなると予見している最大の理由はここです。F1も回転数削減、ディーゼル投入の検討、ハイブリッド化の検討などが行われています。基本的にトルクを重視しそれを上手く利用するこれから主流になるであろう走りと、パワーを最後の一滴まで搾り出して攻めるかつての走りは根本的に違うからです。 無論そこにあるエンジニアリングへの思想、ドライヴィング・スキルも大きく変わります。ついでに補足するとフェルナンド・アロンソやロバート・クビカ等のスタイルを持つドライヴァーがこれから厳しくなるだろうと予想する根拠もここにあります。 脱線しましたので修正します。今後、レーシング・エンジンがゆるゆると回してモンスター・トルクで走らせる時代が来ると明らかにカー・エンジニアリングでは大きな変動、あるいは下克上が起こるかも知れません。高回転型自然吸気エンジンからリーン・バーン型ターボ・ディーゼル時代の到来は日本でもかなり厳しい現実を突きつけてくるはずです。例えば、ホンダやスバルなど乗って楽しいクルマを作っているメーカーほどディーゼルへのノウハウが少ないのも現実です。 しかし、リーン・バーン・ディーゼルが今後の環境問題を一掃してくれることは考えにくく、ヨーロッパを軸に始まった新世代ディーゼル技術への取り組みも僕は基本的には認めていません。結局のところ化石系(バイオ燃料も含めて)の燃料を燃焼するパワー・ユニットでは限界を迎える時代がもうそこまでやってきています。 オールド・カーやヴィンテージ・マシンは良いとノスタルジーに浸ってられる時代ではありません。一刻も早く現在のクルマの楽しさを受け継ぐ斬新なマシンの開発が待たれます。真の意味でのアドヴァンスド・マシンを開発したメーカーが少なくともむこう10年はカー・エンジニアリングの頂点に君臨することは間違いないでしょう。 世界に誇るべき革新的な変革の発信地が日本になってくれることを僕は願ってやみません。