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真藤順丈『宝島』(講談社)
英雄を失った島に、新たな魂が立ち上がる。固い絆で結ばれた三人の幼馴染み、グスク、レイ、ヤマコ。生きるとは走ること、抗うこと、そして想い続けることだった。少年少女は警官になり、教師になり、テロリストになり―同じ夢に向かった。超弩級の才能が放つ、青春と革命の一大叙事詩!!(「BOOK」データベースより) ◎主人公が消えた 真藤順丈『宝島』(講談社)を読みながら、川越宗一『熱源』(文藝春秋)が何度も脳裏をよぎりました。それぞれの舞台は、沖縄と北海道・樺太と日本の南北の両極です。古くから現地に住む人々は、抑圧され、搾取され、侮蔑れている構図は同じです。つまり2つの作品は、支配者・権力者・闖入者・治世者と闘う現地の人々の物語なのです。 私は「山本藤光の文庫で読む500+α」というブログを発信しています。このサイトは、文庫限定の書評欄です。しかしどうしても、『熱源』につづいて、『宝島』も紹介したくなりました。文庫化されるのが、待ちきれないのです。それほど、2つの作品には感動させられました。 『宝島』の主な登場人物は4人です。オンちゃん、グスク、レイ、ヤマコの4人は、アメリカの支配下にある沖縄の成人前の若者です。オンちゃんとヤマコは恋人同士。レイはオンちゃんの実弟。グスクとオンちゃんは親友という関係です。4人は米軍基地に侵入して、物品を略奪してくる「戦果アギャー」を生業にしています。「戦果アギャー」については、説明が必要だと思います。以下引用させていただきます。 ――沖縄戦終結後、生活基盤を失った多くの住民はアメリカ軍からの配給に頼っていた。そのようななか、米軍基地から物資を盗み出し、それらを売り捌いて利益を得る「戦果アギャー」という行為が横行し、「アシバー」と呼ばれるゴロツキが数多く登場した。一方、本土や台湾との密貿易も盛んに行われ、これによって巨万の富を得る者もいた。これらの犯罪者が集団化したのが沖縄の暴力団の起源である。(Wikipedia) オンちゃんは略奪した物資を、貧しい家庭に配る英雄として、沖縄の誰もが知っている存在です。義賊という言葉がありますが、そんな存在がオンちゃんです。ある日4人は他のグループと合流して、大々的な強奪を敢行します。基地に張りめぐらされた金網を破り、ヤマコを外の見張りに残して3人は忍び込みます。しかし進入に気づいたアメリカ兵の砲撃を受けて、3人は一目散に逃走することになります。グスクとレイは無事に脱出します。オンちゃんは一向に戻ってきませんでした。 オンちゃんの生存を信じて、3人は必死に探しまわります。1週間が過ぎ、1ヶ月が過ぎ、1年が過ぎてもオンちゃんの消息はわかりません。そのうちに「オンちゃんはとんでもない戦果を得て生きている」という噂を耳にします。オンちゃんが得た戦果とは何か? 本書の展開は、こ謎解きへと大きく流れを変えます。直木賞の選評で、宮城谷昌光はこの展開について次のように語っています。 ――真藤氏の賢さは、物語の中核となる人を増やさないで展開したことにある。しかも氏のずるさは、もっとも重要な人物をすぐに不在とし、それを謎として、読者を巻末までひきずったことである。 やがてグスクは警官になります。レイはチンピラになり、ヤマコは教師になります。そしてオンちゃん探しはつづきます。 ◎30歳からの一念発起 真藤順丈は1977年に生まれ、小説家になろうと一念発起したのは30歳のときです。それまでに書いた小説は、ことごとく懸賞小説で落選のうきめにあっていました。30歳のときに決意したことは、毎月1作品を書き上げて各種新人賞に応募することでした。それでダメなら、小説家の夢を捨てようと決めました。ところが2008年に奇跡がおきます。ジャンルを問わず書き上げた作品が、なんと4つも新人賞に輝いたのです。 ・「地図男」第3回ダ・ヴィンチ文学賞大賞(角川文庫) ・「庵堂三兄弟の聖職」第15回日本ホラー小説大賞大賞(角川ホラー文庫) ・「東京ヴァンパイア・ファイナンス」第15回電撃小説大賞銀賞(電撃文庫) ・「RANK」第3回ポプラ社小説大賞特別賞(ポプラ文庫) そして2018年に『宝島』で第9回山田風太郎賞受賞し、2019年には同作で第160回直木三十五賞受賞することになります。『宝島』の構想について、著者は次のようにインタビューに答えています。 ――全体を貫くミステリーがあり、その中でどのように物語を動かし、どのように登場人物たちの人生を追い掛けていくかを考えた時に、青春小説、冒険小説、恋愛小説などをすべて内包する大きな物語にしたいと考えました。(読書人の雑誌「本」2019.03.27) 著者がいうように、久しぶりに味わうスリリングな展開の小説でした。本書には実在人物がたくさん登場します。しかし4人の若者たちは著者の創造者です。この4人の個性がいずれもとがっていて秀逸でした。そして彼らに「戦果アギャー」という役割を担わせたのが、大成功のもとでした。この点についても、著者のインタビュー記事があります。本書の執筆にあたって真藤順丈は、講談社の編集者に次のような提案をしています。しかし「戦果アギャー」の存在を知ってから、物語の方向性は大きく変わったようです。 ――次作は「米軍統治下時代に存在した沖縄の琉球警察」でのミステリはどうかと提案しました。琉球警察は1972年の沖縄返還までの20年間、沖縄県警の前に実在した警察機構です。初めは、琉球警察20年のクロニクルのようなものを構想していました。でも、戦果アギャーの存在を知り、プロットを組んでいくうちに、そっちがだんだん物語の核となっていったんです。(「小説丸」第149回著者インタビューより) 『宝島』には実在の人物以外に、実際に起こった事件も描かれています。小学校の教師となったヤマコは、米軍機の小学校墜落事件に巻き込まれます。担任していた生徒の死に直面したヤマコは、その後自らの生き様を方向転換させることになります。警察官になったグスクは殺人事件の第一発見者である孤児と出会います。この孤児はやがて5人目の主要登場人物となります。 3人のボスであったアンちゃんは、彼らに「生きること」の尊さを繰り返して説いてきました。 その教えはヤマコにもグスクにもレイにも、しっかりと根付いています。そして生きることの尊さの映し鏡として、一人の孤児が登場するのです。オンちゃんが基地から盗み出した貴重な戦果とは何か。読者は巻末でやっと知ることになります。 『宝島』は、極上のエンタメ小説です。最後まで一気に引っ張る力量については、直木賞選考にあたった作家たちが一様に口をそろえています。大きな出来事が起こるたびに、語り手のツッコミが入るのも、本書の流れに色をそえていました。最高傑作と結ばさせていただきます。 山本藤光2020.05.30 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020年05月30日 09時36分29秒
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