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FUKASHIHOJO.COM:北條不可思ブログⅡ・愚螺牛雑記

2007/01/03
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産経新聞

2004年(平成16年)6月10日配信(全国版)



seriosness&dignity

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産経新聞/2004年(平成16年)6月10日(全国版)

特集企画「わたし流」

音楽家・蓮向寺住職 北條不可思さん

 

『和の精神』『命の尊厳』を表現

 

「悲しみを乗り越えて」5月23日、ニューヨーク本願寺で開いた「縁絆コンサート」の中で披露した歌だ。

「悲しみ-」は、2001年9月11日の米中枢同時多発テロの悲しみを歌った。広島出身だけに、とりわけ愛と平和への思いは強い。

仏の教えと愛と平和のエッセージを歌で訴え続けている「歌うお坊さん=Song&BowzuMan」。浄土真宗の寺院の長男として生まれ、幼い頃には僧侶になることを決めていた。前住職の父、了介さんの後ろ姿がそうさせて。

「父は布教活動で1年の三分の二は家にいなかった。何十人、何百人の前で体をいっぱいに使って教えを伝えるその姿を子供ながらかっこいいと感じた」

 思春期で揺れていた13歳のとき、耳に飛び込んできた、ボブ・ディランとジョン・レノンの歌に衝撃を受けた。以来、心の中で響く言葉とメロディーの創作を開始した。が、仏門に専念するためギターを捨て東京仏教学院(東京・築地本願寺内)を修了し、二十歳のときに得度した。

 仏の道を歩むにつれてブッディズム(仏教)の視点から世の中の出来事や人間のありようを思索するようになり、音楽を通じてのメッセージ活動に力を入れた。

「仏教精神のひとつ、(やわらぎ)の精神を持ってあらゆる違いを認めつつ、地球人として共に与えられた人生を生き抜いていきたい」。一人のブッディストとしてメッセージしていきたいテーマだ。

 順調に進んでいたが、大きな出来事に直面した。平成7年、当時1歳に満たなかった一人息子の慈音(じおん)君(九つ)が脳性まひと診断された。音楽活動を断念しようと思った。しかし、妻、里恵さん(40)の一言が音楽活動を再開させた。

「音楽を通してメッセージを伝えるユニークな活動をやめた理由を慈音が知ったら将来、傷つくでしょう。スイッチは切らないで」

「この言葉がなかったら今の自分の姿はなかったでしょう。私一人では何もできなかった。『三人で出て行こう』『親子三人で共有していこう』という気持ちになった」と振り返る。

「縁」と「(きずな)」というキーワードに気付き、8年からは、自らのメッセージを前面に打ち出し「縁絆コンサート」をスタート。11年には待望のニューヨーク公演を実現させた。

 慈音君との生活で教えられたことがある。「真剣」と「尊厳」。

「人間はただ単に生きているのではなく、生かされて活きていることを本当に知るべき。世の中で役に立つことが良いことのように勘違いしがちだが、生かされている命そのものに尊厳がある。真剣とは相対的なナンバーワンではなく、宇宙に唯一の尊厳ある存在。つまり、オンリーワンの"私"に目覚めて生き抜いていくこと」

 僧侶と音楽家。「『二足のわらじ』という人もいるが、私は呼吸と思っている。息を吸っているときは仏教の心を吸収し、息を吐くときは歌となって出ていく」

 音楽で表現するもの。仏教で表現するもの。それはいずれも「和の精神」であり、「命の尊厳」だ。

(文 田中夕介)


日本経済新聞 署名原稿(文化欄)

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Last updated  2008/09/03 12:13:34 AM



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