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gamzattiさん

バレエ・ミュージカル、ストレートプレイ、歌舞伎、舞台大好き!

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演劇

2015.05.29
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カテゴリ:演劇
尊敬する劇評家でした。
彼が司会を務め、パネラーに蜷川さんや唐さんが顔を並べた
シンポジウムも聞きごたえがありました。
大御所で、理論家でしたが、それ以上に演劇への愛情と情熱にあふれ、
いつもきらきらした目と新鮮な心で舞台と接していらっしゃいました。

野田秀樹の「白夜の女騎士(ワルキューレ)」が蜷川幸雄演出で再演されたとき、
戯曲のあまりの見事さに、
「これこそフィクションだ、ここまで緻密な伏線を考え抜かずに、
フィクションを書こうなどと思ってはいけない!」と
大げさにいえば筆を折るほどの衝撃を受けた私は、
扇田さんがこの舞台の初演を見たとき、
私とほとんど同じ衝撃を受けたことを後で知りました。
「ああ、扇田さんほどの人でもそうなんだ!と、妙なうれしさを感じたものです。

扇田さんには劇作家協会でも劇評セミナーでもお世話になりました。

訃報記事や追悼記事はいろいろ出ていますが、
以下は、やはり尊敬する小劇場マガジンワンダーランドの元編集長・北嶋さんの記事です。

http://www.skylarktimes.com/?p=2556


つい最近、劇場でご一緒した記憶があったのですが、
体調悪化は、やはり突然だったのですね。

北嶋さんや仲間とともに、
扇田さんと直に歓談させていただいた幸せを噛みしめています。

いつも穏やかなお顔をされていた扇田さん。
ようやく逝ってしまったことを認められる気持ちになりました。

合掌






Last updated  2015.05.31 20:05:58
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2014.04.11
カテゴリ:演劇
久々に文句なく笑える三谷コメディだった。
休憩なしの2時間があっという間だ。
ネタバレになるので詳しくは書けないが、
とにかく「普段の自分」と「内面に隠されたもう一つの顔」が
出たり入ったりのスピーディーなコントラストが最高。

片岡愛之助、藤井隆、優香の3人がよくかみあってよし。
特に優香!
舞台は初めてということだけれど、堂々たるコメディエンヌぶり。
私は女優としての優香を買っていたので、とてもうれしい。

この前、朝の情報番組の山口智充のコーナーにゲスト出演していたのを見たが、
その中で
志村けんとやっていたコントが自分の居場所を作ってくれたと話していた。
「ほかの番組はやったらそれでおしまいだけど、
 コントだけはオンエアを何度も見て、よかったところ悪かったところを研究し、
 次はもっとうまくやりたいと思う」
という優香の発言に対し、山口が
「それって芸人の考え方ですよ(笑)」と言っていたが、
ほんとに真摯にお笑いを追求する芸人魂が、優香にはあるのである。

その上愛らしくて哀しくて。
そこに私が女優として彼女を評価する根っこがある。

主役は片岡愛之助演じるジキル博士だけれど、
物語の本当の主役は、優香扮するイヴなのである。

でも…。
最後の最後のどんでん返しがまたまた利いてて、
ほんとに最後まで笑いっぱなしだった。

愛之助、藤井隆、優香。手練れの3人の間合いをはずさない演技が光る。
そこにちょっとはずれた合いの手を入れる迫田孝也も絶品。

ただただ笑える2時間が欲しい人、池袋へGO!

「最近の三谷って、ちょっと…」と思っている人も、池袋へGO!

それにしても…。
それをてらったとは思えないが、
偶然すぎるほど、佐村河内事件と小保方事件を思わせるハナシでした。






Last updated  2014.04.13 10:47:26
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2013.12.25
カテゴリ:演劇
私の選んだ3作品が
ワンダーランドというサイトにアップされています。
ほかの方のもの選んだ作品を観ながら、
ああ、それは私もよかったと思った!とか
ああ、それは見逃した!とか、
いろいろ思う年の瀬。







Last updated  2013.12.28 09:55:44
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2013.07.26
カテゴリ:演劇
短感ですが、どうしても書いておきたかったので。

宮沢りえ、今、旬です。
今、この舞台の彼女を見ておかないと、一生ソンします。

舞台の上で自由自在に感情を爆発させます。
それも、美しく。
それも、妖しく。
それも、艶っぽく。
そして、よく声が通る。

彼女の存在感は劇場を満たしているので
2階の、一番奥の席からでも満足できます。

そして、木場勝己。

ソフィスティケイトされた凄みというものを、
彼は体現しています。

21世紀の演劇として、唐十郎の世界を見事に背負っています。

観客を食らいつくすように魅了したのは宮沢りえですが、
舞台を支配していたのは、木場が醸し出す人間の計り知れない奥深い恐ろしさでした。

見るべし。

ただし、大人向け。

夏休みということもあって、小学生来てましたが、
ちょっと刺激強すぎと思う。
見てもわかんないだろうし。
わかったらこわいし。
まあ、わかんなくてもこういうの見て、
その小学生が高校生くらいになったときに、
世界をアッと言わせるような舞台を作るのかな~、とも思いましたが。

蜷川さんの真骨頂は、最初と最後かな~。
出だしはなんとなく低調なんですが、それが後半利いてくるから、不思議。
ラストは、目にも見ににも鮮やか。
さすが。

「盲導犬」という作品の凄さがまずあるんですけどね。
今だから、見るべき。
「行先も知らないけれど、ただ歩き続ける」盲導犬。
「服従を、まず教えられる」盲導犬。
「主人を必死で守るために生きる」盲導犬。

生きるための自由とは?

考えさせられることの多い作品です。
人間の叫びを、宮沢りえが爆発させる。
その宮沢りえに、木場が人間のずるさ、恐ろしさでからみつく。

必見。

チケット完売の日が多いようですが、
休憩なしの1時間35分なので、立ち見でもまあ行けます。
蜷川演劇としては、短いので(笑)。






Last updated  2013.07.27 09:44:24
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2013.04.01
カテゴリ:演劇
最近の、彼の海外の実在人物を描いた作品には
「絆~コンフィダント」と「国民の映画」があり、
今回の「ホロヴィッツとの対話」はそのシリーズ第三弾、
という位置にあるらしい。

何をやってもプラチナチケットの三谷作品、
この3作のうち、劇場で観られたのは「国民の映画」だけ。
「絆~コンフィダント」もWOWOWで観劇しました。

今回も、WOWOWで放映してくれる、それも「劇場から生放送」とのことで、
ありがたく拝見させていただきました。

「絆~コンフィダント」で涙を流し、
「国民の映画」で震撼とした私ですが、
「ホロヴィッツとの対話」は、正直言って退屈だった。

第一に、音楽が悪すぎる。

ホロヴィッツ役の段田さんがピアノを弾くとは誰も思っていないのは、
「そんなんで『ホロヴィッツでござい』っていうようなことは間違ってもやらないだろう」
という、三谷さんへの信頼感なのに、
どうしてバックミュージックがあんなにぞんざいなピアノ曲にしちゃったのか。

荻野清子さんには悪いけど、ピアノの上手下手だけじゃなくて、曲があまりに単調すぎる。
そういえば、「コンフィダント~絆」のときも、あんなふうだったけれど、
その繰り返される曲想が、ちゃんとお芝居の中で活かされていて、
あのピアノがあったから私はラスト、堀内さんに泣かされたと思ってる。

それに比べると、今回のピアノ演奏は「意味がない」と断言できる。
あんなんだったら、そして「ピアノ」にこだわるんだったら、
ホロヴィッツの演奏とかを流したほうがよかったんじゃないか。
「欲望という名の電車」で小曾根さんが弾いて見せた
ぞくぞくするほどレベルの高い曲に比べ、あまりにチープでした。
「ホロヴィッツ」というタイトルがある以上、そこはリスペクトしろって思いたい。

その意味でも、
フランツがわざわざ買い集めたラフマニノフのレコードを
ホロヴィッツが「これも、これも持ってる」といって床の上でぞんざいに扱うシーン、
ものすごく違和感があった。

日本人じゃない、靴の文化の西洋人が、床にレコード置くこと自体、「?」なのに、
自分が第二の父とも恩師ともあがめるラフマニノフのレコードを
あんなふうには絶対に扱わないよ。


ほかにもいろいろあるけれど、
やっぱり「竜馬」といえば幕末好きの人が食いつくように、
「ホロヴィッツ」といわれたら音楽好きな人が興味を持つのは必至だから、
そういうところには気を配ってほしかった。

また、
偏屈天才ピアニストとその調律師だったら、やはり黒衣の調律師には屈折というか、
「葛藤」があるんじゃないか、と観客は予想して劇場に赴くと思うんだけれど、
そこが見事にはずされた。
渡辺謙演じるフランツは、「天才ホロヴィッツ」の前には従順過ぎて、
「オレの仕事を認めろ!」的な鬱屈した感情が全然見えなかった。
それっぽいセリフもなくはなかったけど。
そこがもうちょっとはっきりしていれば、
そういう夫の気持ちを思いやる妻エリザベス(和久井映美)が
ホロヴィッツ夫妻の態度に切れまくるのもむべなるかな、と思えるのだろうけれど、
どこまでも「気の好い夫」「ヒステリーな妻」みたいになってしまって
正直、エリザベスには
「たった一晩なんだからもっと大人になれ」っていいたくなったくらい(笑)。


唯一、ほんとに凄い!と思ったのが、高泉淳子の演技。

見事な人物造形!
声の出し方から顔つきから姿かたちから、西洋の上流社会によくいるおばあちゃん。
人をけなしているようで、とても愛情深い一面がのぞいたり、
彼女の一挙一動、一部始終が一級品だった。
あの、「山田のぼる」少年で一世を風靡した人だよね。

段田さんの「老けっぷり」もすごかったけれど、
お年寄りを、幼児扱いするのって私は好きじゃないので、
「この人は5歳と同じ」「いや8歳と言ってくれ」みたいな
確信犯的脚本が、これまた好きになれなかった。
妻のいない隙におみやげのチョコをつまみ食いしちゃうとか、
知ってることを知らんといったりとか、
そういう老人はいくらでもいるけれど、
それを「子どものよう」に演じるのはいかがなものか。
それは「老人だからこそのいたずら心」であって、
決して子ども還りではないと私は思っている。


と、辛口の上に辛口のレビューだが、
でも多くの人が、この舞台を「素晴らしかった」と言っている。
だからそうなんだと思う。
まあ、ひとことで言って、
この作品は非常に二―ル・サイモン的な匂いがしたということなのかもしれない。
私、ダメなんだよね、二―ル・サイモン。
どんなに人が「素晴らしい」と行っても、どこか居心地が悪いです。
あしからず。






Last updated  2013.04.03 08:09:14
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2013.03.28
カテゴリ:演劇
蜷川傘下から離れた高橋洋が、久しぶりに舞台へ復帰ということで、
観に行ってまいりました。
ストロンドベリの「債鬼」を青山真二が脚色・劇化し演出したもの。

妻=とよた真帆
元夫=佐戸井けん太
夫(画家)=高橋洋

奔放、というか、自由人な妻をめぐり、
「束縛」とは、「嫉妬」とは、「夫婦」とは、をめぐる物語です。

私は高橋洋を観に行ったんだし、
とよた真帆は何回か舞台を見ていて舞台俳優としてとてもすてきだと思っていたけれど、
今回は、佐戸井さんにやられた。
さすが、夢の遊眠社出身。
声も間も動きも、もっとも図抜けて、もっともミステリアスで、そして惹きつけられた。

とよたさんもよかったといえばよかった。
まあ、今回、観劇後に知ったんだけど、青山さんととよたさんって夫婦なのね。
それを知らずに観ていても、
なんていうか、周防監督と草刈民代さん的な主演女優のフィーチャーの仕方で、
お話の流れ的にはこれは要らないんじゃないかっていう感じの演出がちょっとハナについた。

それを抜きにしても、
この「妻」は簡単そうでものすごく難しい役で、
というのも、
ストロンドベリが書いた時代、
こういう「自分の意志を持って」「夫にかしずくことを知らず」「思い通りに」生きる女に
同時代の観客はきっと眉をひそめただろうけれど、
今の時代、こういう女性はある意味「フツー」だから、
それを容認しなかったり、
面と向かっては迎合するくせに陰で悪口まくしたてる男たちがすごくちっちゃく見えるし、
妻のほうも、
「フツー」にやってるふうに見えてしまうので、
その当時の「妻」にあったはずの葛藤やら決意やらが見えにくい。

最後のほうで、かつて「妻」は
「教師である年上の元夫」に「教育」されていたという過去が明らかになるが、
そのことの重要性があっさりスルーされてしまった感があった。

夫が妻を教育する、妻は夫に教育されるべき存在、という部分と
離婚した妻が第二の人生でどんな夫婦関係を得ようとしていたかという部分が
本当はとても大事な「対」になっているはず。

しかし、そこはあまりフィーチャーされなかった。

おそらく、女性の観客は、真帆さん演じる「妻」に感情移入できなかったと思う。
その分、劇としての力強さに欠けてしまったかも。

画家の夫を演じた高橋も、今一つだった。
たしかに今回の3人のバランスから行くと、
ストレートなとよた、緩急自在で陽気な佐戸井にからむには、
夫の役は、この「とらえどころのない」「ふにゃふにゃとした」感じで演じることが
全体のバランスの上ではちょうどいいのかもしれない。

しかし、
「高橋洋という役者を観に来た」私のような観客からすれば、
もっと切れ味の鋭い一瞬を見せてほしかったところである。

はっきり言って、可もなく不可もない演技であった。
3人(あと1人はセリフがない)芝居だから誰が主役ともいえないが、
高橋は佐戸井との掛け合いでは完全に食われていたし、
場面場面で微妙にキャラクターの統一感が崩れ、「夫」の人物像が際立たなかった。

帰り際、ふと「藤原竜也だったらどんなふうに演じたかな」と思ってしまった。
1人思いをめぐらしてぐるぐると負のスパイラルに落ちていってしまう年下の夫、
どこか狂気めいて、躁と鬱、弱気と強気を瞬時に往来するような役どころは、
そのまま藤原竜也が得意とするところ。
最後のどんでん返しを知っても
「え~? じゃ、いったい君はどういう夫だったわけ?」と
かえってモヤモヤが増すばかり。

まあ、これは高橋のせいというより、演出の責任だとは思うんですが。

とにかく、
「テレビや映画で活躍している人はオーラが違う」というところから
演劇だけでなくいろいろな分野で仕事をしたいと思った高橋が、
そこから得たものは何なのか。
今回の舞台からは、答えは得られなかった。

次に期待したい。










Last updated  2013.03.31 12:55:33
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2012.08.11
カテゴリ:演劇


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小次郎は生きていた!…から始まる物語

作:井上ひさし  
演出:蜷川幸雄
配給:ソニー株式会社

ストーリー●鎌倉の小さな寺で、寺開きの参籠禅が行われている。
そこに宮本武蔵(藤原竜也)の姿があった。
佐々木小次郎(勝地涼)を負かした「巌流島の闘い」から6年後のことである。
そこへ小次郎が現れる。
とどめを刺されず生きながらえたのを恥じ、
打倒武蔵の一念で武蔵を追いかけてきたのだ。
一触即発の2人に、
参籠禅に参加している沢庵和尚(大石継太)や柳生宗◎(吉田鋼太郎)、
寺の大檀那(白石加代子、鈴木杏)らが「無益な殺生はやめよ」と割って入る。
ところが事態は急展開。
今度は両剣豪に対して、仇討ちの加勢をしてくれと頼むのだ。
2人は剣のいろはを教え始めるが、
一方で武蔵にはどうも腑に落ちないことがあった。


先ごろ亡くなった井上ひさし作の舞台映像である。
非戦派の文筆家として知られる彼は
「憎しみの連鎖を断ち切る」という物語を書くにあたって、
武蔵と小次郎にその役目を負わせた。
とはいえ「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、
ふかいことをゆかいに、ゆかいなことをまじめに」書くのが
井上ひさしのモットーである。
剣術のすり足稽古がタンゴのダンスに変わっていくなど、
ユーモアと笑いに溢れた仕掛けが満載だ。
大いに楽しみながらも、気がつくと、
人が人を憎み仇を討ちたいと思う心は本当に断ち切れるのか、
断ち切ってほしいと思う気持ちはどこから生まれるのか、
考えずにはいられない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

初演は小栗旬が小次郎です。こちらもどうぞ。



【送料無料】藤原竜也/小栗旬/ムサシ








Last updated  2012.09.16 23:42:01
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2012.07.13
カテゴリ:演劇
つかこうへいが鬼籍に入るまでの最後の18年間を過ごした北区つかこうへい劇団。
つかの死によって解散はしたが、そのメンバーによって「北区AKT STAGE」を設立、
今回が旗揚げ公演となる。

7/14(土)の初日を前に、「広島に原爆を落とす日」公開ゲネを観た。

つか自身が演出したのは、1979年の西武劇場での初演のみ、
ほかにSMAPの吾郎ちゃんが主演をしたものとか、2回ほど外部公演があるが、
今回は、つかの懐刀ともいえる古参の武田義晴が演出ということもあり、
ぜひ観たいと思った。
北区つかこうへい劇団の舞台は、つか急死の中で行われた「飛龍伝」を観ている。
これもとてもよかったので。

結論。
行くべし。

私は、つかこうへいの舞台をリアルタイムで追っかけていなかったので、
本当の意味でのつかの凄さは正直人に語れない。
しかし、
同じ時代を生きてきた人間として、彼の生きざまは知っているし、
彼がいいたいことは、芝居を見ればわかる。

「広島に原爆を落とす日」は、本当に名作だ。
それも、3.11以降に見れば、そこに描かれている人間の普遍性が
いかに深く、いかに美しく、いかに醜いものかが手に取るようにわかる。

「国民の生活のために」原発を再稼動させる、という男は、
「敗戦の後の日本の経済復興約束と引き換えに」
原爆を1つ落としてもよい、と約束する政治家に似ている。

その「1つ」を「京都に落とさないため」に選ばれた男が、
その知性から原爆の破壊力の恐ろしさをいやというほど知りながら、
それでも愛する人からの愛情と引き換えに、あるいは彼女の
「卑怯ですわ」のひと言に動かされてパイロット役を引き受け、
その罪の大きさも、すべてを引き受けて
自らもまた、命を引き換えにする覚悟で
熱く、冷徹に、そして悲壮に、
自分の故郷であり両親の住む広島に原爆を落とし、
「その先の日本」を憂え、そして望みをかけ、意気込みを語る主人公には、
どこか東電の吉田所長をほうふつとさせるところがある。

ラスト近く、その主人公が「戦後の日本」について
「これが、これが日本か?」と呟くところ、
この芝居にとってどういう台詞かなど、とっくに超越してしまっている。

私たちは、
あの戦争で「この戦争が終わったら訪れるであろう平和な日本」にすべてを託して
子のため親のため恋人のために戦地で死んでいった人たちの、
あるいはただただ劫火と雨のように降る銃弾から逃げ惑い、そして犠牲になった
いたいけな犠牲者たちの、
単なる「実験」のために、原爆を落とされ、地獄を見た人々の、

「これが日本か?」

に、今、2012年7月の今、どう答えられるのだろう。

世界で唯一の原爆投下された国でありながら、
世界でも有数の原発立国となり、
その危機管理はずさんきわまりなく、
あいてしまった地獄の釜の蓋からは、いまだとてつもない放射能が出続け、
その現場には人が行けないどころか、向かわせたロボットすら故障するほどの環境で
廃炉と決めた福島第一原発でさえ、このままでは廃炉にできないというのに、
いまだ免震棟もつくられていない大飯原発、
活断層の上にあるとされる大飯原発を、再稼動してしまう。

「これはもう、だめかもね」といいつつ最善を尽くした吉田所長は、
この再稼動を、どんな思いで見ているのだろうか。
日々とんでもない放射能を浴びながら、廃炉に向けて工事に携わっている人々は
一体何を思っているのだろうか。

「広島に原爆を落とす日」は東京・王子の北とぴあで7/14~16、
山形のシベールアリーナで7/21、22

今、観るべし。
そういう芝居である。
つかの、
インテリの考えることの薄っぺらさを揶揄する場面、
でもそのインテリたちにも良心もあれば弱さもあることがわかる場面、
まっすぐな人たちの、美しさと愚かさ、
貶められ、見下され、それでも笑って生きねばならない人たちが抱える
負のエネルギーが昇華していくその光こそ、
つかの芝居のカタルシスである。

差別用語満載で人の汚い本音が浮き彫りにされながらも、
人は愛によってのみ生きる覚悟を決められるのだと心に突き刺さる。

そういうつかの本質を、届けられるだけの質のよい舞台である。
北区AKT STAGEのこれからを期待する。






Last updated  2012.07.14 09:13:51
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2012.07.04
カテゴリ:演劇
作・演出マキノノゾミ。
第4回鶴屋南北戯曲賞を受賞した作品です。

地元の人間から「先生」と慕われる55歳の男・猪原(石丸謙二郎)の一家に、
ある夏の日、東京の高校生・秀一(藤村直樹)が訪れます。
春休み、大井川鉄道のSLを見に来てバイク事故を起こし、
友人を亡くしてしまったこの高校生は、
「早く忘れろ」という両親の言葉に反発、予備校の合宿に行くはずが
事故現場にもう一度やってきたのでした。

生きるとは、学ぶとは、人とかかわるとは。
そんなことを、まっすぐに諭す元教師には、しかし秘密がありました。
天性の教育者でありながら、15年前に「ある事件」で学校を辞めている。
娘・智子(田中美里)も元同僚の女教師・野村(金沢映子)も地元の警察官・徳永(酒井高陽)も、
その話となると、口ごもります。
男はどうして教師を辞めたのか。
みんなが避けているそのことが、後半大きな謎となって物語りを左右します。

素晴らしかった!
暗い事件を扱いながらも、観終わった後は、とても幸せな気持ちになれる。
だからといって、安直なハッピーエンドではありません。
ウェルメイドって、こういう作品にいうんですよね。

茶畑広がる川根町のとある酒屋のお茶の間で繰り広げられる、
深い、深い、人間模様。
ちゃぶ台のある昭和の一室だけの舞台ですが、
奥に広がる茶畑と大空の背景に奥行きがあって抜群の効果を上げています。

俳優陣も手堅い。
特に、猪原先生を心から敬愛する国語教師の野村先生の台詞にリアリティーが。
猪原先生が「熱血教師」だとすると、野村先生は「やさしくてまっすぐ」な先生。
人柄のよさと、人への思いやりがあふれます。
ちょっと偏屈だけど飄々としている祖父役の品川徹は存在感抜群。
コメディリリーフの徳永警官の哀愁漂う三枚目感も最後まで大切なハーモニー。

「高き彼物」
可児市文化創造センターでの公演の後、
東京の吉祥寺センターでは、初日が7月4日で7月10日まで。
噛みしめるように味わえるいいお芝居です。
大いに笑えます。楽しめます。

観劇後、とってもいい気持ちになったので、
一人でお店に入ってシードル飲んでゆっくりしました。






Last updated  2012.07.05 10:48:29
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2012.02.10
カテゴリ:演劇
三島由紀夫の「金閣寺」は、その描写力の緻密さ美しさにおいて、
これに並ぶものはないと思うくらいずば抜けた作品です。
それを宮本亜門が、どのように劇化するのか??

初演、ニューヨーク公演に続き、凱旋公演でやっと観ることができました。

いやー、まいった。
「鳳凰」(=金閣)の擬人化がすべてだね。
このコンセプト1つで、この舞台は成功。
照明も素晴らしかった。

ダンスの亜門さんらしく、
この小難しい「言葉」と「哲学」のお話に、ちゃんと「動き」をつけた。
「動き」はつけたけど、「言葉」をオモチャにはしなかった。
このコントラストのバランス。
それは、三島の世界をきちんと形にしようというリスペクトの証拠。

言葉、といえば。
「金閣寺」のパンフレットは、本当に素晴らしいです。
中身が濃い。
役者やスタッフの1人1人の思いが、ものすごく深いところで語られている。
率直に語られていて、
この舞台を作る人たちの思いを通して、
舞台とは何ぞや、三島とは、金閣寺とは何ぞや、を知ることさえできる。
装丁も写真も美しく、内容も盛りだくさんで、2000円は安い!

「金閣寺」を何度も読んで、「写経」までしている私にとっては、
この文学のハイライトをよくもここまで全部入れられたなって思うけど、
一度も読んでいない人にとっては、
おそらく、あの場面もこの場面も、
「絶対原作にはないだろうな」って思うんじゃないかしら。
そのくらい唐突に起こる、あの事件、この事件。
でも、
そのすべてを、「金閣寺」という小説は最初から持っている。
そのすごさを、
たくさんの若い人に伝えただけでも、
この舞台はものすごく評価されていいと思う。

高岡君の柏木に力あり。
大東君の鶴川に素直さあり。
森田君の溝口に、優しさあり。
この「優しさ」というのが、小説のイメージと少し違う。
小説の溝口が持っているどす黒いものは、別の人間のナレーションで補っている。
だから、違和感がない。
うまい、と思った。

ラストの「生きよう」が一番難しいと思う、
とパンフレットに森田君の言葉が書いてあった。
そのラストの森田君の表情が、素晴らしかった。
若い人が、たくさんたくさん考えて、感じて、到達した表情だった。
この表情のために、「優しい」溝口がいたんだな、と思った。

そして、
とにかく「鳳凰」。
山川冬樹の声、そして肉体、そして表情。
彼の存在感が、すべてを制していた。
まさに、主役は「金閣」だったわけである。






Last updated  2012.02.10 22:53:15
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