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カテゴリ:日記小説
2.
その鈍色のバンは、日中ではどのような光景とも自然に一体となり、夜間では当然、闇に溶け込む。 そう周到かつ厳密に計算され、塗装されていた。 今車内には7人の男女が乗り込み、お互いの顔を不機嫌に見合わせていた。 先ほどの5人のアクション・チームと、バックアップの二人だった。 定時連絡の時刻が迫っていた。 チームを率いる、黒瀬正臣は、頭をかき、一つ小さく溜め息をすると通信機に向き直った。 回線を開く。 「こちらチームアルファ。定時連絡」 「少々お待ち下さい」 繋がった 「状況は」 いつもながらの平静な、落ち着いた声で統制官がいう。 「それが・・・」 黒瀬は言葉を濁した。 失態を伝えるのに、怖くはないが、面倒ではあった。 「追跡中、接触を試みましたが、失敗しました。目標は現在行方不明、鋭意捜索中です」 相手は黒瀬に聞こえる様に、小さく舌打ちをし、次いでずばりと切り込んできた。 「貴官はネゴでメシを喰う様になってどれだけ経つのだったかな」 ネゴ、ネゴシエイター、交渉代理人のことを指す。 「今年で15年と約半年になります」 黒瀬は努めて冷静に応答した。 「繰り返しになるが」 相手の声は、子どもに事情を言い聞かせるような揶揄を含んでいた。 「目標は現在、極度の興奮状態にあると推察される。十分留意して職務を遂行されたし。次は良い報告を期待している。以上だ」 通信が終わった。 辺りにはどんよりとした、無気力な空気が漂っていた。 「それで。娘っこひとりよう捕まえられんと、おめおめ戻ってきたんかい。あ」 男が声を張り上げた。 それなりの広さはある空間だが、流石に10人近くの人間が押し込められると手狭だ。 カベに掛けられた額縁つきの「仁義」の文字も、こころなし窮屈そうに見える。 「申し訳ねえっす」 集団を代表してもっとも厳つい男が、ネコの鳴き声よりも柔らかい声音で応じた。 「そりゃ申し訳ねぇわなぁ、あぁ」 そのとき、集団からも、がなり立てる男からも1歩引いた位置にいた男が。 「ま、そのくらいで」 何がそのくらいでじゃ!といきりたつ男を無視して、性別が不詳なほどほっそりとした男は続けた。 「きけば、例の少女はここ最近、異様にピンシャンしていたそうじゃないですか。”アレ”をやれば・・・」 「だから、いいシノギになるって言ってるんじゃ」 それも無視して。 「”アレ”をやるとそうなる、と、若いのもいってますからね。もう難しいんじゃないですか。行方不明だし」 男は更に激昂した。 「じゃぁ、ここまできて諦めるってのか!」 優男は笑って。 「そうは言ってませんよ。ただ、遣り方を変える必要はあるかな、と」 「何をスカしておるんじゃぁあ!」 男の激昂はまだまだ続いた。 ところ変って。 中小企業の社長室然、とした部屋だが、やはり取って付けたような違和感は隠せない。 「それで、青洲会も見失った、というワケだ」 全体から受ける印象は正直、先ほどの声の大きい男と大差はないが、それでもしっかりとダブルのスーツにネクタイ、と十分に洗練された外観を持つ男。 「へい、社長」 社長、の一語が隠しきれないほどぎこちない響き。 「しかし・・・青洲会のバカども、度し難い・・・火を付けるとは。何を考えているんだ?」 「全くです、社長」 とにかく、だ。と決め付ける。 「青洲会の動きから眼を離すな。あの少女の身柄は元々当社のものだ。父親を抑えて協力を取り付けたんだ」 ビジネスライクな口ぶりだが、しかし残虐な光を帯びて輝く、鋭すぎる目元で台無しな印象を与える。 「へい、社長」 「えーと、名前聞いても、いい?ですか?」 「ジーマだ」 どこから見ても日本人以外には見えない男はそう名乗った。男にも何か事情がある様だった。 「私は、安藤美由紀。安いに藤、で美しい理由の、世紀の紀」 二人は500メートルほど移動して、ジーマのテントに着いた。 テントの中に入ったジーマは、少しごそごそとして。 「ほれ」 美由紀の前ににナベを差し出した。 ジーマの言葉にウソは無かった。それは。 確かに、量は豊富ではあったが。 残飯、野草、木の実、それ以外、を煮込んだモノ。 辛うじて食物ではあっても、人間という家畜の餌ではあっても、文明的な人間が食事の対象とするものではなかった。 食べる前に判っていたことだったが、それでもそれを一口含んだ美由紀は露骨に顔を歪めてみせた。 「いえ、別に構わないんだけど。慣れてるから」 今日までのサバァイヴを暗にほのめかす様なことを小声でいいつつも。 「でもあの、何か調味料はない?塩か、ショーユか」 美由紀の言葉で、ジーマはまた少しテントの中を漁り、化学調味料とショーユを見つけ出して来た。 「火、起こしてもいいですか」 遠慮勝ちに聞く。火は貴重だ。どうぞ、とジーマの声。 ナベを携帯ガスコンロの火に掛ける。雨はもうだいぶ小降りになっている。 ナベの中身が柔らかくなってきたのを見計らって、さらさらと化学調味料、ショーユを一たらし。 傍らで感心して見ていたジーマに。 「食べてみて?」 自信ありそげにすすめて来た。 すすめられるままに一口含んだジーマは驚嘆した。これが?!。 慌ててナベを見下ろす。間違いなかった。さっき渡したごった煮だった。 美味しそうにナベの中身を平らげる少女を見ながらジーマは疑念を募らせていた。 先ほどのプロにも通じる身のこなし。そしてこの調理の腕前。 一体、何者なんだ。 ジーマは自身のうさんくささをタナにあげ、うなった。 「ごめんなさい。食べたら眠くなっちゃった・・・テント、借りていいですか?」 恐らく、ろくに寝てもいないのだろう。 「いい。好きにするといい」 ありがとお先にお休みなさい。すぐにそれは安らかな寝息に変った。 見ず知らずの、正体不明の少女だが、その寝息を聞いていると良いことをした、との満足があった。 美由紀にとっては本当に久しぶりの安息だった。 その中で、少女は夢を見た。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Apr 15, 2007 06:41:50 AM
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