柳沢失言問題を考える
柳沢大臣が、二度目の失言をした。一度目に比べると、インパクトが薄い。若干、「揚げ足」チックな要素も否定できない。ただ、本質は変わっていない。彼が、「やめるべき」存在であることには、変わりない。いや、むしろ、俺としては、より一層、その思いを、強くした。一回目の失言。与野党(特に自民)にとって、政治資金問題が、いやーな展開を見せはじめていた矢先。国民の目は、「生む機械」発言に、完全に奪われた。政治資金の問題からは完全に目がそらされたが、それ以上に、テレビ的には、インパクトがある失言。与党にとっては、プラス要素なし。野党にとっては、小沢さんも火種を抱えていた「政治資金」問題に比べて、ノーリスクの美味しい攻撃材料。さっさと、民主がこっちに乗り換えたのは、当然といやあ、まあ当然。一方、自民としても、災い転じて福となすチャンスは、実はあった。さっさと、総理が、柳沢大臣をやめさせればよかった、、、「ない」といわれたリーダーシップをあるところを見せ、、、と、できなくもなかったとは思うが、案の定、あべちゃんに、その程度の決断も下せるはずもなく、、、そうかと思えば、民主は民主で、、、審議拒否!!?って!!?おかげで世論は、「柳沢の発言も発言だが、そのことばかりで、建設的な議論にいかないのは問題だと思う」的なところが主流になってしまい、なんとなく、「自民も自民だが、民主も民主」的な雰囲気になっちゃったね。その結果が、地方選挙の、1勝1敗。極めて暗い気分になる、消極的「1勝1敗」ですな。「実力伯仲」でなく、「どんぐりの背比べ」的な。俺個人の見解でいうなら、柳沢の失言は、極めて、「問題視されるべき」案件だと思っている。失言というのは、まさに、想像力の不足、問題意識、危機意識の欠如を象徴する問題であって、「まあまあ、この程度の問題で目くじら立てずに。。」ということではない。こういう人に、国家の大事な舵取りを任せていると、もっと大事な場面でも、またやっちゃう、国際会議でも出かねない、、、と、彼を在任させていることだけで、大きなリスク要因にもなってくる。そのリスクをとってでも彼に続投させるべき逸材なら、リスクとリターンの考量で、続投という判断もありと思うが、少なくとも、柳沢大臣に関しては、俺はそう思わないし、そもそも、政権安定の為に、あえて捨石に使うという柔軟な発想を官邸がもてないことに、「やっぱりね」の幻滅も感じる。かといって、この千載一遇のチャンスをみすみす逃しそうな民主の体たらくも、同様にとほほだけどね。ま、でも、そうなると、前から俺が言ってるように、「どうせどっちも駄目なんだから、せめて、二大政党制を早めに確立して、とにかく駄目なら駄目なりに、自浄的自主的に切磋琢磨する構図を作ってもらわないと、万年駄目与党に万年駄目野党だと、ほんと、日本という国は、どんどん沈んでいくしかない」ということなんですわ、要するに。ま、それはさておき、案の定というかなんというか、柳沢大臣、二度目の失言。でも、実は、これ、与党にとっては、最大のチャンスだよね。「いい加減にせよ!」とあべちゃんが一喝して、罷免してしまえば、支持率上がるし、与党内からも、「一度ならず二度目もなら仕方ないねぇ。。」となるのに。ま、安部ちゃんには、もちろん、その気配なし。「いちいちそういう言葉じりをとらえるのではなく。。。」みたいなこと言っちゃってるよ、とほほ。一方、民主にとっては、逆に、今回の失言は、チャンスともいえない。だって、これ以上攻め立てても、世論にプラスイメージはないもん。「もう揚げ足取りはいいじゃん。。」としかならない。現に、今日は、朝から、各局のコメンテーターも、そういう論調。見出しも、「失言?」て感じだもんね。ただ、私見としては、一回目よりも、今回のほうが、実は失言。なぜなら、一回目のは、単なる「たとえ話」、その「たとえ方」に、デリカシーがなかっただけ。今回のは、「二人以上子供を持ちたいと思うことが健全である」という、ある意味、思想的な硬直性が、本音として見え隠れする発言だからね。「二人以上持ちたいと思ってくれる若い人が増えると、少子化対策としては助かる」というニュアンスではなくて、「健全な思想を持っている若い人たちが増えてくれれば。。」というのでは、そりゃ、いろんな方面から、反発は必至。でも、これを「失言は失言」と一刀両断できない、メディアのコメンテーター陣も、情けない。まあ当然、彼らは世論をうかがいながらだから、仕方ないか。。でも、俺は思う。「国民の皆さん、ある意味、前回よりも、今回の発言のほうに、ブーイングですよ」と。そして、こうも思う。「揚げ足とりではなくて、やっぱり、こういう失言をしちゃう人を大臣にしておくのは、国家のリスクにつながりますよ」とも。こう発言したら、こういう結果を招く、、と想像もできない人に、国家の舵取りを任せてていいんですか?と。