NGHFB「Who Built The Moon?」感想〜ノエルの印籠が、出てこない!〜
ついに発売されました!
我らがノエル兄貴の3rdアルバム、です。
ノエルの自画自賛がすごい、とか、賛否両論?とか、あのハサミは何なんだ?笛も吹けるんじゃん?
とか、気になることは多々ありますが(笑)、私の、一個人の意見として「ふーん」と読んで頂けたら幸いです…!
今までは一曲一曲上げながら、歌詞を引っ張り上げてアルバムのコンセプトのようなものを自分勝手にぐだぐだ語ってきましたが、今回はもう、まるっとまとめて感想を語ろうかな…と、思います。
ノエル自身が言っていたように、たしかに今回のアルバムは賛否両論、好きな人は好き、がっかりする人はがっかり、なアルバム、なの、かも?しれません。
確かに今回のアルバムはノエルによるOASISスキーのための「ノエル節」が完全封印されていました。
美メロギターで聴かせて、ぐうっと、サビで持っていき、最後に昇天させるあの感じ(どの感じだろう)ですね。
「この印籠が目に入らぬか!」
「ハハァーー!!ノエル兄貴、あっし、もう、涙と鼻水で続きが歌えません!」
ノエルの曲を聴くたび、私は脳内でノエルとこんなやりとりをするわけですが、
今回は待てども待てども、おきまりの印籠が飛び出してこない。
確かにそんな印象を受けました。
しかしながら、アルバム一枚聴き終わるころには、
「あれ?いや、でも私は今間違いなくノエル・ギャラガーの曲を聴いてたな。他の何かではなかった」と、思わせてくれる摩訶不思議な感じ。
そして結局いつもの満足感、多幸感に包まれている。
ううん…不思議。
曲の端々から、ノエルがリスペクトする人たちの音、ビートルズや、ローゼズ、プライマルスクリームや、ポールウェラーな匂いがした安心感のせいでもあるかもしれません(笑)
歌詞の点でいくと、
抽象的で詩的な表現や、
同じ歌詞の繰り返しを耳に残す感じがとても目立ちましたね。
ノエルってこんなに詩人だったかな?というくらいお茶目で美しい表現が多かったです。
今回のアルバムの曲からは、ノエルの心があんまり見えなかった、というところ。
OASIS時代、NGHFBの2ndまでは、歌詞からノエルのとてもパーソナルな部分が見え隠れしていて、それを私自身に自己投影して聴くことができていた。
ノエルの言葉に自分の心を預けることができていたのですが、今回はそれができなかった。
口に出したいくらい綺麗なフレーズが多かったけれど、あまりにも綺麗な表現すぎたんです。
ノエルの言葉が自分の言葉になる、あのシンクロ感があまり感じられなかった、かなあ。
勿論、これは一個人的な意見として、です!!
もっとこう、いつものように泥っぽいところがあると良かったなあ、とちょっとだけ。
それだけが残念だったかもしれません。
タイトルもそうですけど、アルバム一枚を戯曲とかにするには何だかもってこいのような気がしたのは私だけでしょうか。
今までノエルが作ってきた曲たちより、はるかにメロディに厚みがあって、立体的でしたよね。曲の中に劇的な転換もたくさんありました。
バカみたいな表現ですけど、いつもの曲の倍くらい色んな音が聴こえる(笑)感じ。
しばらくは、うん、向こう半年間くらいは、リアムのアルバムとかわりばんこでヘビロテするアルバムになることに間違いはありません。
しかしながら、次のアルバムではノエルがまたそうっと印籠を懐から取り出してくれるかなあ……と、やっぱり望まずにはいられない。
単純脳、単純耳ですみません。
さあ、兄貴、来日待っていますよ!
Fort knoxで入場してきてくれるんですよね(笑)!
ぜひ、ゲムも連れてきてね!!
最後まで読んで下さってありがとうございました。