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- 宇宙即我」の体験 -
(園頭広周先生の戦時中の体験より) 昭和十五年六月末であったということは記憶しているが、何日であったかは記憶していない。 正座して背筋を真直に伸ばして合掌した手を眉間の高さに上げて静かに腹で呼吸をして、心を統一した。 吸う息は光となってその光は全身の細胞の中に浸透して細胞を甦らせる、そういう思いがしてきた。 すると今まで感じたことのなかったエネルギー大生命力が全身に充溢してゆくのである。 坐って十分は経っただろうかと思われる頃、背骨が天へす-っと高く伸ぴたというような気がしてきたと思うと、私の意識は天にあって、その意識その心は、坐っている肉体の自分をはるかに下に小さく見ている。 目の前に太陽があり、太陽と自分と一体となって地球が小さく回転している。 外から耳に聞こえると思っていた鳥の声が、外からでなくて自分の腹の中から聞えてくる。 長沙方面の偵察に行く戦闘機の編隊は、自分の腹の中を爆音を立てながら飛んで行く。 部屋の外を話しながら歩く兵隊の話声も、みな腹の中から聞こえてくる。 太陽も地球もすべてが自分の腹の中にあるのである。 その時に私は宇宙が自分であり、人間はみな生命の兄弟であることがわかったのであった。 どれ位経ったか時間は分からないが、突然天空で「パーッ」という音がしてハッとして目を開けた。 見ると、あたりの木も草も石ころも屋根の瓦も柱も床も、見るもの全てが黄金の光にゆらゆら輝いて光っているのである。 全てが生きているのである。 「万物は全て神の生命であり、神の光である」 ということが分かったのであった。 私は神の実在を知ったのであった。 人間が神の子であり、万生万物もみな神の生命であり、自分が自分の運命の主人公であることを知ったのであった。 私は祈った。 「神よ、神が実在ましますことを私自身の肉体的な体験を通じて知らしめ給え」と。 これは昭和十六年秋の第一次長沙作戦のロート河の会戦で、私の中隊だけが敵中に突進して追撃砲十三門の集中砲弾を浴ぴた時、占領した山の頂上に坐って祈ったこと、大束亜戦争が始まって昭和十八年六月、ニュージョジア鳥ムンダでアメリカ空軍の爆撃の中に坐って祈った奇跡によって実証することができた。 「瞑想」についての本が沢山書店に出ている。 どの本を見ても「宇宙即我」の体験をしたという人のことは書いていてない。 ある人は頭上1mばかりのところに自分がいるのが分かったと書いていられるが、そのような体験をした人はまだいい方である。 「宇宙即我」の体験をしてから、正しい想念は全ての人、全ての物を正しく生かすが、悪い想念は人、物を破壊するものであることをはっきり知ることが出来るようになった。 自分が悪い暗い想念を待っと、その想念は神の光を覆って人々の心を暗くするものであることが分かったから、私は暗い想念を起さないように、いつも明るい想念を待つように努めた。 戦争は人々が幸福を求めて生活をしているその願いに反して、人と人とが殺し合うことを強制する。 愛する人々を残して敵も味方も多くの人々が死んで行った。 この世界から戦争をなくして平和を招来するには、人間は神の子であることの事実が全世界の人々に理解されること以外にない。 正法誌No23より お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2004.05.16 23:05:20
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