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高橋信次先生に学ぶ

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2009.02.13
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カテゴリ:正法誌No37



人にすすめて、たとえその人が何かの形で救われたとしても、

あなた自身の心に矛盾や悩み苦しみがあったとしたら、あなた

自身が救われていないということである。


自分の心の中に苦しみという暗い心があれば、その暗い心は神の

明るさとは波長が合わない。自分の心を暗くするということは

自分の神性を否定することであるから、自分で自分の神性を否定

している人は、自分から神を拒否していることになるのである。



ここで注意しなければならないことは、私は神を信ずるといくら

思っていても、その人の心全体が暗い心であるならば、それは実際は

神を否定し神を拒否していることになるのであるということである。


よく「私はあれほど神を信じていたのに不幸になった」という人は、

確かに神は信じていたかもしれないが、心の中に苦しみや悩みや矛盾

があって、実際は神を否定する、神と波長の合わない暗い心を持っていた

からそうなったのである。


だから単に、信ずるということだけでは本当の信仰とはならないのである。

心を明るくするか、暗くするか、という心の持ち方が大事なのである。



もし、あなたが神はないと思っていたとしても、あなた自身の心が明るかったら

その心は神と波長が合うから、あなたは幸福に恵まれ健康でいることが

出来ることになるのである。


だから、正しい宗教の指導者は「まず信じなさい」ということは言わない

のである。


「まず明るい心を持ちなさい」ということを先に説くのである。


自分だけ良ければ良いという利己主義で心が明るくなれるか?

家庭内に争いがあれば心が明るくなれるか?

人に迷惑ばかりかけていて心が明るくなれるか?

誰のお世話にもなっていないとの傲慢な心で心が明るくなれるか?

体が病気で明るくなれるか?


そのように考えて心を明るくすることを心掛けているうちに自然と神の

存在も信じることが出来るようになっていくのである。


「人類愛を!」「平和を!」と絶叫している人達が相互に殺し合い

の闘争をやるのは心の中に殺人の意志を持っている人達であるから

である。


だから我々は見せかけの言葉と行動に惑わされてはならないので、真実の

心を見分ける智慧が必要なのである。


「愛」という言葉によって幸福が実現している反面に「愛」という言葉に

よってどんなにたくさんの不幸が創り出されているか。

我々は冷静に、それらの人々の言葉ではなくて「心」を考えなければいけない

のである。


少しばかり霊能があるからといって、その人を神格化して、その神格化された

人を信じない人をみな「悪魔だ」ということは果たして正しい心の在り方だろうか。


人を悪魔という人の心の中には悪魔が描かれているから、それは正しい信仰の

あり方ではない。


霊能現象や奇蹟等のみに心を奪われてしまって、正しい明るい心の在り方を忘れて

しまったら、それは正しい信仰にはならないのである。


宗教団体の内部に争いが絶えないのは、また、一般社会の中でよりも宗教団体内部

の争いが陰湿で残酷であるのは、その人達の心の中がきれいに明るく愛に満ちた

ものとなっていないからである。



まず最初に、なぜ心を暗くしてしまったかの反省をさせずに、最初から「すなおに

信ぜよ」「信仰は純粋でなければならない」と説く宗教は邪教とみて間違いはない

のである。


因縁を超える道は他力信仰によっては得られないのであって、どうしたら因縁をよく

することができるか、それは暗い心を明るくすればいいのである。

そうすれば、あなたの守護霊、指導霊も、また光の天使も天上界から協力してくれる

のである。


常に心を安らかに明るくして、魂の向上のみを心掛けている人の愛の祈りに対しては

必ず天上界は協力することになっているので、これを「自力の極に他力がある」と

いうのである。



正法誌第37号 1981年9月号より抜粋



世の中に偶然は存在しない。すべて必然である。
病は神からの「プレゼント」であることもあるのだ。
あなたに気づかせるために、あなたの魂の成長のために、
あるいは、あなたの人生を豊かに、実りあるものにするために。
感謝して、今日から歩もう。
あなたの背後で、いつも見守り、導いているガーディアン・スピリットも、
それを切に願っているのだ。















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Last updated  2009.02.13 22:09:43
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