御手洗潔のダンス/島田荘司著
名探偵御手洗潔が活躍する中短編三編と他一編を収めた作品集。粗筋:「山高帽のイカロス」 1982年の事件。 赤松は、人間は本来空を飛べると言い張る売れない画家。そんなある日、彼の死体が電線に引っかかっているのが見付かった。まるで飛行中に電線に引っかかって死亡したかのように見えた。側で、赤松の妻氷室が発狂しているのが見付かる。同時に、側を通る列車が切断された人間の腕を引きずりながら走っているのが判明した。 湯浅という男が御手洗潔の元を訪れる。彼は、赤松とその妻の氷室が、高い場所に設けられたドアから外に出るのを目撃したと言う。つまり、二人は空を飛べるのだと。 御手洗潔は、赤松の死と、氷室の発狂と、腕を引きずる電車の事件は繋がっていて、湯浅の目撃談もあながち出鱈目ではない、と言う。 赤松は生活力がなく、妻の氷室から金をせびり取って生活していた。当然、仲は冷え切っていた。そこで、氷室は自分が経営する会社の部下古川と共謀し、赤松を殺すことにした。 氷室と古川は、赤松を彼の自宅で殺害するのに成功した。が、そこを湯浅が訪ねてきた。二人は四階の窓から逃げる。湯浅は赤松の死体を発見しないままそこを後にし、鍵をかけた。氷室と古川は、窓から下まで下り、赤松の自宅に戻ろうとするが、ドアが開けられない。仕方なく、屋上からロープをたらして窓から入り、窓から死体を運び出すことにした。 古川はロープを使って死体を引きずり出すことを思い付く。自分の力だけで引きずり出すのは無理だったので、ロープの片端を、側を通る電車に引っかけた。死体は窓から引きずり出された。が、古川の腕にロープが絡まり、切断してしまう。電車はその腕を引きずったまま走行した。 赤松の死体は宙に浮いていたが、落ちて電線に引っかかった。氷室は、これらを見て発狂したのである。腕を切断された古川は、慌てて車で病院に行こうとしたが、途中で列車と衝突し、死ぬ。古川の死体はメチャメチャになった為、腕がなくなっていることに気付かれなかった。 湯浅は、地上四階にある梯子車用のドアから赤松や氷室が外に出たと思っていたが、その日は間に鏡があり、実は別の廊下のトイレのドアを開けて入っただけだった。 本編が三編の中で一番まともな作品か。「奇怪な事件を論理的に解決してみせ、読者を驚かす」ことを信念とする作者の考えが、短編ながらも実践されている。 死体を運び出すのにそんな面倒なことするかよ、と突っ込みたくなるが。 事故被害者の腕がないことに警察が気付かず、それと列車の切断腕事件と結び付けられない、というのはおかしい感じがしないでもない。 それにしても梯子車用の非常ドアを鳥人間の為のものだ、と発想する奴なんているのか。常識的に考えれば非常用のだと分かるだろう。 これまでさっぱり売れていなかった赤松の絵は、彼の死をきっかけに売れ始めた。精神病院に入れられた妻氷室の入院費に当てられ、妻への借りを返すようになる、という皮肉が面白い。「ある騎士の物語」 事件が発生したのは1970年代前半だが、御手洗潔が関わって解決したのは1989年。 五人の男と、一人の女性が、ある事業を展開し、成功させた。しかし、その中の一人が勝手に事業を売却した為、残りの五人は困惑する。それどころか、女性の弟が事業売却が原因で殺されてしまう。 残った五人は、裏切り者を恨む。女性は暴力団から拳銃まで手に入れた。 そんなところ、裏切り者が射殺された。どうやら女性が手に入れた銃が使われたらしい。しかし、現場と彼らがいた場所はかなり離れていた。その夜は雪が降っていて、車での移動は無理。電車も走っていない。つまり、アリバイがあるのだ。 誰がどうやって殺したのか……。 残った四人の男の一人は、電車の車輪をバーベル代わりにして身体を鍛えていた。また、彼の趣味はゴーカートだった。彼はそのゴーカートで線路を走ることを夢見ていて、その夢を実現する準備までしていた。犯人は、電車の車輪とゴーカートを組み合わせ、電車が走っていない線路を移動し、裏切り者を射殺した後、戻ったのである。 ……本当に誰にも見られることなく線路を移動できるのかね、と突っ込まなければそれなりに面白い。トリックはずるに近い感じがするが。作中には地図があるが、結局何の為だったのか分からない。 本編では、御手洗潔の女性嫌悪がまじまじと見られる。こちらとしては、偶々悪女に行き当たっているんじゃないかと思うが。犯罪捜査に関わっているんだから、悪い奴に行き当たって当然だろう。「舞踏病」 1988年11月の事件。 あるビルのオーナーが御手洗潔を訪れる。自分が部屋を貸した老人が奇妙な行動をすると。不意に躍り出すというのだ。 御手洗潔はこのことに興味を持ち、調査を開始する。浮浪者と酒盛りをするなど、記録係の石岡にとって不可解な行動ばかり取る。 この事件は関東大震災前に起こった宝石窃盗事件が絡んでいた。 老人は、この宝石窃盗事件で盗まれた宝石の在処を知っていた。その情報を掴んだ男が、老人から宝石の在処を聞き出そうとしたが、老人は痴呆症で、思い出せない。そこで、男は大震災前の環境を再現して、思い出させようとしていたのである。 老人が躍り出したのは薬物の副作用からだった。服用をやめさせることで、踊りの症状が出なくなった。 100ページほどで、最も長い作品。最も訳の分からなかった作品でもある。「奇妙な事件を論理的に解決してみせる」という作者の方針が空回りしてしまった。御手洗の行動があまりにも奇妙で、読んでる方がついていけなかった。もう少し整理した方が良かったのではないか。 ただ、御手洗は元医大生らしく、医学知識(薬物治療の危険性など)をこれでもかと披露する。「近況報告」 これは小説ではなく、記録係の石岡を通して御手洗の周辺を説明したもの。二人が住まいのレイアウトや、御手洗が飲む紅茶や、御手洗のギターや、御手洗の語学力が分かる。 ただ、御手洗にファンクラブができて、メンバーの殆どが女性で、バレンタインデーにはチョコが毎年のように送られてきて、ファンが住まいにまで押し寄せてくる……という作者島田荘司自身の萌え振りには呆れる。 はっきり言って蛇足。解説: 何だかよく分からない事件。 母親が実の子を殺す、というのはめずらしい事件ではないが、こんな回りくどい方法で殺そうとする母親はいないだろう。 卓の「ロープ&空中飛行」トリックには驚いた。トリックが素晴らしかったからではなく、同じトリックをまた使うとは思わなかったから。「ロープで死体を吊るして振り子のように飛ばす」というトリックは、吉敷シリーズでも使われているし、御手洗が登場する短編(疾走する死体)でも使われている。 何度使えば済むのか。 死体を振り子代わりにするのが好きらしい。 普通の建築が土砂崩れで斜面を滑り、縦になり、「巨人の家」になってしまった……というトリックも、建築工学について何も知らない者でもおかしいと思う筈。コンクリートは衝撃に強くないから、そんな風に移動したら途中で分解してしまう。横のものがそっくりそのまま縦になれる訳ない。作中でも、壁の部分は数センチと薄かったとなっているから、尚更である。 ペインは戦後のゴタゴタを利用して子供をさらっては殺していた、となっているが、仮にゴタゴタしていても子供が四人も消えれば誰かが不審に思う筈。事実、八千代の再婚相手である照夫こそ犬に殺された少女の兄だった、ということになっているのだから、身元不詳の子ばかりをさらっていた訳ではあるまい。 今回の事件では、作者はあまりにも奇怪な謎を作り上げてしまった為、それを論理的に解明する手だてを考えられず、適当に書き飛ばして「解決」を取って付けたように感じる。 島田荘司流本格推理論の限界を示した作品と言えるだろう。 本作品には、後に本シリーズの準レギュラーにもなるレオナが初登場する。このキャラは魅力の欠片もなく、なぜ作者がこだわるのか分からない。御手洗と石岡の野郎だけだと色気がなさ過ぎてつまらない、と考えたからかも知れないが、それだったらもう少しまともな女を出して欲しいものである。小説なんだから、見た目さえ良くすれば魅力的になる、という考えは成り立たない。 御手洗シリーズおよび作者島田荘司本人の終わりの始まりを告げた作品でもある。関連商品:人気blogランキングへ