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照千一隅(保守の精神)

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「照千一隅(しょうせんいちぐう)」(一隅を守り、千里を照らす)は伝教大師・最澄の言葉。本を読み、考えたことをこのブログに書いて参ります。ご意見、ご感想など御座いましたら是非お寄せください。

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2022.03.16
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テーマ:憲法議論(165)
カテゴリ:憲法

《日本国憲法は12,13,22,29条に「公共の福祉」という言葉を用いている。それは,同じ言葉であっても,誰に語りかけているか,それぞれの条文ごとに違っているようである。たとえば,12条は,〈公共の福祉に反しないよう,基本権を行使せよ〉と国民に語りかけている。これに対して,29条は,〈財産権の内容を法定するにあたっては,公共の福祉に適合するよう立法権を行使せよ〉と,国家の一機関である国会に語りかけている。

 では,13,22条にいう「公共の福祉に反しない限り」は,誰に語りかけているのだろうか。これらの主語が「国民」「何人」であることを重視すれば.ふたつの「公共の福祉」条項は,“基本権主体である番人が,公共の福祉に反しない限り,……”と理解されるだろう。ところが,そう理解しないで,〈これらは,29条と同型であって,国家機関に語りかけている〉と読むことも十分可能である。

 前者の解釈をとれば,“公共の福祉は基本権の制限ルールである”という命題を承認することになる。後者の解釈をとれば,〈公共の福祉は,制限の制限ルールである〉という命題を承認することになるだろう。

 公共の福祉条項が,法律の留保を超え出るために憲法典に組み込まれたのであれば,後者の解釈こそ適切である,と私は思う》(阪本昌成『憲法2 基本権クラシック』(有信堂)[全訂第3版]、p. 61

 阪本氏は、<公共の福祉>についてこのような問題意識を掲げた上で、具体的に検討されている。

《日本国憲法11,97条は基本的人権の永久・不可侵性をうたった。これは,第1に,国家が基本権を制約することは例外的な事態でなければならないことを明らかにするための宣言である。これは,〈国家は自由の主体ではなく,私たちの自由によって統制される客体だ〉という「配分原理」を国家が将来にわたっても遵守することの宣明でもある》(同、pp. 61-62

日本国憲法
第11条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

 第11条はこのように書くがその根拠は何か。私は、憲法改正の必要が有りや無しやを考える目的でこのブログを書いているので、憲法の条文を前提とした解釈論には与(くみ)さない。阪本氏は、憲法内で<公共の福祉>をどのように位置付けるのかということでこの解説をなされているので、意図が異なるということである。
 やはりこれは「人権」というものの正統性の問題ということになるのだろう。国民としての権利は認められるけれども、人間としての権利は認められないとエドマンド・バークは言ったが、私も同じ立場である。詰まり、第11条を根拠にした解釈論は砂上の楼閣のようにしか思われないのである。

 なお、蛇足だが、第11条と内容が重複する第97条の問題については、以下の拙論を参照してもらえればと思う。

参照:​「人権」と憲法97条(2) ~GHQホイッニーの顔を立てた97条~ - 保守論客の独り言 (hatenablog.com)






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Last updated  2022.03.16 21:00:08
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