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今が生死

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生き方

2021.10.20
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テーマ:富士山(5337)
カテゴリ:生き方
今日の山梨県甲斐市敷島からみた富士山
今日は風が強くて寒い日だった。敷島から見た富士山が綺麗だったので写真を撮った。
山梨県の感染者数本日はゼロで東京の感染者数も減少してきているが今後また増加に転ずるかもしれず油断はできない。
この状況での人々の気持ちは複雑だ。今までのうっぷんを晴らすために羽目を外して遊びたいと思う。でも感染拡大があったら怖い。中途半端な気持ちだと思う。最近殺人事件が数多く起きている。それはこのような中途半端な気持ちが関係しているのかもしれない。
望みが叶わなくて失意のどん底にいる人もいるかも知れない。一生懸命やっているのにちっとも思うようにいかなくて破れかぶれになっている人もいるかも知れない。贔屓チームが負けてばかりいて人生面白くないと思っている人もいるかも知れない。私達の心はあっちこっちに揺れ動いている。
でも富士山は遠くから見るとこんなに風の強い時でも慌てず焦らず悠然と構えている。近くに行って登ってみると岩や小石や荒れ土と高山植物がちょろちょろと生えている普通の山に過ぎない。しかし少し離れて見るとそのたたずまいは厳かで美しい。
私達の心は外界の状況によって様々に揺れ動く。しかし富士山は厳然と聳えている。私達の心も富士山のようにどっしりしていたらきっと美しく見えるだろうなと思った。日本人魂は富士山と結びつけて考えられることが多い。心が揺れ動き失意のどん底にある人がいたなら、富士山を思い浮かべ日本人としての誇りを呼び戻して頂けたらと願う。






Last updated  2021.10.20 22:37:24
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2021.10.16
テーマ:願い事(165)
カテゴリ:生き方
庭のオキナワスズメウリ

人にはそれぞれ願いがあると思う。学校でいい成績をとりたい。スポーツや音楽が上手になりたい。希望大学に合格したい。就職試験に受かりたい。会社で昇進したい。金持ちになりたい。異性にもてたい。好きな人に結婚OKしてもらいたい。健康になりたい。両親や家族がいつまでも健康でいてもらいたい。応援している野球チームが勝って優勝してもらいたい。美人、美男子になりたい。日々楽しく暮らしたい、など様々な願いがあると思う。
私にも様々な願いがあったが歳を重ねるにつれて何らかの形で他人の役にたちたいという気持ちが強くなった。究極的な願いは人に尽くすことでそれが人生の目的ではないかと思うようになった。それは地域にあっては自治会活動などであり、職場にあっては仕事を通じて人に尽くしていこうと思った。
それは自分で思い、願っていることだが実際にどの程度人様の役に立っていたか分からない。しかし人が生きる目的は「人のために尽くす」ことだと半ば宗教のように信じてきた。ところが数日前から人間の存在意義は「世界の平和を祈り一切衆生の幸せを願っていく」ことではないかと気が付いた。今までの信条「人のために尽くす」が平和を祈り、人々の幸せを願う事からみたら随分小さなことのように思えた。
人間は様々なことを願うが世界中の人が確実に幸せになる願いは「世界の平和であり、動物を含めて生きとし生きる者全てが幸せになること」だと思う。






Last updated  2021.10.16 22:09:05
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2021.10.03
テーマ:プロ野球(194)
カテゴリ:生き方
大相撲ではひたむきに努力を重ねた照ノ富士が横綱になり優勝した。プロ野球では最終局面を迎えてセパ両リーグで優勝をかけて際どい接戦が繰り広げられている。
セリーグでは常勝巨人が連敗していてやや後退していたが一昨日、昨日と連勝して立ち直りつつありヤクルト、阪神、巨人で最後まで優勝争いをするのではないかと思われる。ヤクルトは2年連続最下位のチームでリーグのお荷物球団になっていたがよく今シーズンは優勝争いができるチームになったと思う。
巨人はパリーグで暴力問題を起こした選手を受け入れた頃から調子を落とした。受け入れた巨人は心の広いところを示したがいきなり一軍で使った所に問題があったと思う。真面目に努力してきた選手を押しのけてその大物選手を使ったことは他の選手への影響も大きく微妙なところでチームの士気が下がったことが考えられる。これは上層部の油断でありおごりがあったのではないかと思われる。
ひたむきに生きるとは立場立場で違う。選手一人一人はひたむきに練習してひたむきに打って走ることでチームに貢献し自分の成績を上げていくが監督は采配とか作戦が重視される。しかしいかにひたむきに監督業を行うかで勝負がつくのは同じだと思う。選手一人一人の体調や練習量、気力等を細かにチェックし相手チームの事も油断しないで細かくしらべた結果が勝敗として出てくるのだと思う。監督としての才能は勿論だがひたむきさが最後の勝利に結びつくのではないかと思う。最後はヤクルト高津、阪神矢野、巨人原の各監督のひたむきさの勝負になるのではないかと思っている。
ひるがえって私達一人一人について考えてみたい。職場で責任ある地位にある人も年金生活の人も生活保護の人もいるかも知れない。問題はその与えられた立場で如何にひたむきに生きているかだと思う。年金生活の人は仕事はないかも知れないが、趣味や家族サービス、病気ならその病気と闘う等の様々な状況がある。それらと向き合う時いい加減な気持ちだと勝利は得られないと思う。勝利して人生を楽しむためにはもうダメだとあきらめないで直向きに努力していくことが勝利の直道ではないかと思っている。






Last updated  2021.10.03 11:47:21
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2021.09.08
カテゴリ:生き方
今97歳の女性 Jさんが入院している。転んで腰椎を圧迫骨折してそのためのリハビリのために入院してきたが、骨折で入院してくる高齢者の多くは骨折以外に元々の基礎疾患を持っていることが多い。
Jさんも心臓や腎臓が悪く、血中の酸素分圧が下がってしまうことが多く少量ながら酸素を吸入しているし、尿が自力で排泄できずに尿道にバルンカテーテルを挿入している。
しかし朝の回診時にはベッドに寝転びながら必ず本を読んでいる。難聴があるので肩を叩いて挨拶するとニコニコしながら「えー」とか「ありがとう」とか言ってくれる。小説類が多いが結構厚い本を読んでいる。私にはとてもそんな根気はないので、Jさんの読書量や根気に関心させられている。リハビリに行く途中車イスに乗せられているが、すれ違うと必ずニコニコして挨拶してくれる。心臓や腎臓が悪いので胸部レントゲンや血液検査の結果はかなり悪いが平気な顔をしてニコニコしている。
昨日看護師が「Jさんは3通も遺言状を書いていました」と驚いたように言っていた。入院する前に書いていたのか入院中に書いたのか確かめなかったがいずれにしてもいつ死んでもよいように手筈が整えられているのだと思う。だから検査結果が悪くて体調だって悪い時があるのだと思うがそれでもニコニコしているのかなと思った。人生の最終期に当たっていつもニコニコして暮らしている人は周囲をも明るくしてくれる。看護師たちは「Jさんには癒される。疲れが吹き飛んでしまう」と言っている。人生の最終レースにあたってこのように過ごせたら素晴らしいなあと思った。






Last updated  2021.09.08 10:58:01
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2021.08.15
テーマ:お盆(257)
カテゴリ:生き方
盆飾り、例年滋賀県から孫達がきて馬や牛を上手に作ってくれるが今年はコロナで来てくれなかったので自分で作ったがあまり上手に作れなかった。

昨日からお盆さんでキュウリで馬を作りナスで牛を作って盆飾りをした。お墓参りから帰ってきた夕方迎え火を焚いたが小降りだったが雨が降っており何十年間で迎え火の雨ははじめてだった。今日は新盆の挨拶に2軒行ってきた。昨日お墓参りに行ったときお寺でお盆についてのマンガ小冊子を下さったので読んでみた。お盆にまつわる話は色々あるのだと思うがここでは釈迦の10大弟子の一人目連について書いてあった。
ある日彼は優しかった母のことを思い出した。仏教ではあの世は地獄、餓鬼、畜生、修羅、人界、天界、声聞、えんかく、菩薩、仏界に分かれているがあんなに優しかったお母さんなのできっと天国にいっていると思って超能力を使って探したが何処にもいなかった。修羅界、畜生界を探したがいなかった。そしてあちこち探したらこともあろうに餓鬼界に落ちていたのである。餓鬼界と言うのは欲に支配されたむさぼりの状態で食べ物や金銭や時間その他様々な欲望に飢えておりみるも無残な姿であった。師匠のお釈迦さんに相談したところ「お前には優しいいいお母さんだったと思うが我が子可愛さに夢中で他人のことはあまり思ってやらなかった結果が餓鬼界に落ちた理由だ。子供のお前が人様のために尽くせばお母さんも救われる」と教えて下さった。そこで8月15日(旧暦7月15日)に修行僧が卒業する時に彼らに真心の食べ物をふるまってやったら母親は餓鬼界から抜け出して天界に行くことができて人々は喜んで踊りを踊ったがそれが盆踊りとして伝わっている。真心の食べ物は野菜や果物などの盆のお供えとなったということである。
恐らくこれは一説で他にもお盆にまつわる話は沢山あると思うが、この目連の母親の話は現在の我々にも参考になると思った。自分や自分の子供のことばかりに夢中で他人様のお世話が出来なかった人は餓鬼界に落ちて苦しむとのことなのでお盆を契機に反省した生き方をしなければと思った。






Last updated  2021.08.15 00:17:47
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2021.06.11
カテゴリ:生き方
庭のコスモス

人間が生きるということは人と人が支えあい喜びを与え合うことだと思う。コンビニなどでは笑顔で会計してもらったり品物のありかを親切に教えてもらったりすると嬉しい。会社に勤めている人は取引しているお得意さんやお客さんに誠意を尽くすことで他人に喜びを与え自分も喜びを感ずる。
病院に勤めていると患者さんに声をかけていたわると笑顔が返ってくる。それで自分も幸せを感ずる。
職員皆同じ心境だろうなと思っていたが、ある患者さんに対する態度で私が思っているのとは違う気持ちで接していると思われる人がいて、それで仕事が楽しいのかなと思った。
その患者さんは車いすに乗っていて大声で騒いでいた。夜間も騒いで時には夜勤看護師に暴力を振るったりする。精神科の医師に相談したりしながらなんとか平安な入院生活が送れるように努力している患者さんだ。そのような患者さんでも親切に話しかけたり優しく対応している人もいるが、中にはあからさまに嫌な顔をして厄介者のように扱っている人もいる。そういう人は他の患者さんに対しても義務的に対応しているように見える。
看護師とか医師とかは患者さんを喜ばせ少しでも元気になってもらうための職業である。手がかかる人もいれば症状が悪化して心配をかけさせる人もいる。騒いでいて注意すれば暴力を振るう人もいる。厄介な患者さんは放置したり、いやいやながら対応すればいいという職業ではない。
患者さんは選べない。性格がいい人も悪い人も、病状が重い人も軽い人も、あらゆるタイプの人がいる。それらあらゆるタイプの人達に自分の持てる力の全てで対応していくのが医療職の役割だと思う。
患者さんに喜んでもらいそして自分も喜ぶ。それが人生だと思う。






Last updated  2021.06.12 09:40:03
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2021.05.29
カテゴリ:生き方
紫陽花(ダンスパーティー)

毎週土曜日に新聞に掲載される「悩みのるつぼ」という悩みの相談室がある。回答者は日によって変わるが、回答者によっては却って悩みが深くなるような回答をしていることもある。
今日の質問は大学4年生の質問で「高校時代野球をしていたが高校2年の冬に腰を痛めたこともあり野球でいくら頑張っても甲子園に行けるわけでもなしそれより勉強してよりレベルの高い大学に入りたいと考えて野球部を止めてしまった。しかし勉強に身が入らずまた野球部に戻ったが最後の試合も思うような結果がでなくて大学も第一志望校に受からず第2志望校になってしまい、野球も勉強もあぶはち取らずで非常に後悔していて未だに自己嫌悪に陥ることがあるがどうしたらよいか教えて下さい」で回答者は歌手の美輪明宏さんで苦労人だけあって流石に素晴らしい回答だと思った。
「森田公一とトップギャランの歌で「青春時代」と言うのがあるが青春時代には皆そのようなものです。他人から言われて辞めさせられたのなら兎も角、自分で選んだ道ですからそれでよかったのです。野球で甲子園に行けてプロ野球選手になれても長くても30代で引退することになり皆人生の喜怒哀楽を経験して辞めていくのです。
それなら勉強に打ち込んでレベルの高い難関大学に合格したとしても卒業した人が皆成功しているでしょうか?どこの大学の方が上だと誰が決めるのでしょうか?一流大学、有名大学を出てもろくでもない人はいっぱいいます。政治家をみてごらんなさい。一流大学を出ている人が沢山いるのにあの程度です。有名大学を出たから人格も立派なんて全く違います。
「青春時代は道に迷っているばかり」という歌を聞けば青春時代はあなたと同じように皆迷っていたのです。あなたはまだ青春時代のど真ん中にいるのです。悩むのは青春時代の特権でそんなことで自己嫌悪に陥ることはありません。「青春時代」の歌を聞きながら青春を謳歌してください」
素晴らしい回答だと思った。質問者も納得してくれたと思う。私も「青春時代」を聴いてみたら自分の青春時代も同じようだったなと思った。






Last updated  2021.05.29 20:26:47
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2021.05.21
カテゴリ:生き方
ブルースター(オキシペタラム)

人は人間社会で生きる中で誤解されたり困難にぶっつかったりして挫けたり落ち込んだりすることがあると思う。
そのような時にケント・M・キース(1949年~まだ生存)が大学2年の時(1968年)に高校の生徒会のリーダー達のために書いた「リーダーシップの逆説十カ条」が励みになるとひそかな話題になっているので紹介する。
雑誌やインターネットで世界中で使用されているが、対人関係で悩んでいる時には役立つかもしれない。各人にあってはこの十カ条に11,12条・・を追加して座右の銘になされるのも良いかと思われる。

         逆説の十か条

1.人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。
   それでもなお、人を愛しなさい。

 2.何か良いことをすれば、
   隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。
   それでもなお、良いことをしなさい。

 3.成功すれば、うその友だちと本物の敵を得ることになる。
   それでもなお、成功しなさい。

 4.今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。
   それでもなお、良いことをしなさい。

 5.正直で素直なあり方はあなたを無防備にするだろう。
   それでもなお、正直で素直なあなたでいなさい。

 6.最大の考えをもった最も大きな男女は、
   最小の心をもった最も小さな男女によって撃ち落されるかもしれない。
   それでもなお、大きな考えをもちなさい。

 7.人は弱者をひいきにはするが、勝者の後にしかついていかない。
   それでもなお、弱者のために戦いなさい。

 8.何年もかけて築いたものが一夜にして崩れ去るかもしれない。
   それでもなお、築きあげなさい。

 9.人が本当に助けを必要としていても、
   実際に助けの手を差し伸べると攻撃されるかもしれない。
   それでもなお、人を助けなさい。
 
10.世界のために最善を尽くしても、
   その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。
   それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。
私は11カ条を追加したいと思います。

11.願いをかけ一生懸命努力しても全く報われないことがあるかも知れない。それでもなお願いをかけて一生懸命努力しなさい。






Last updated  2021.05.21 12:00:21
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2021.05.02
カテゴリ:生き方
斑入りアマドコロ

昨日の新聞に「自分の性格好きですか?」と言うアンケート記事が載っていた。何処でいつどのような方法で何人について調査したか、年齢別、性別などの詳しい情報は載せてなかったがアンケート回答の実数(重複あり)でグラフを書いてあったのでそれらを合計すると調査人数は約5000人位になりかなり信用がおけるデーターと思われた。
それによると回答者の52%は好きだと答え48%は嫌いだと答えていた。好きと答えた人でどこが好きかの質問では楽観的、マイペース、他人に気を使う、が多く何れも300人以上が挙げていた。嫌いと答えた人でどこが嫌いかの質問では内向的、優柔不断、面倒くさがり、悲観的、が多く何れも300人以上がそのことを挙げていた。
性格が全く違う他人に生まれ変わりたいかの質問では41%がイエスでそう思わないが59%だった。自分の性格は変えられると思いますかの質問にはそう思うが35%でそうは思わないが65%だった。

普段はあまり考えていなくてもこのような質問用紙がくるとそれなりに皆さん真剣に考えるのだなと思った。
ここで自分の性格について考えてみた。好きか嫌いかと聞かれたらいいところもあり悪い所もあり、一概に言えないが一応好きな方にまるを付けた。どこが好きかと聞かれれば、これはもろ刃の刃で欠点にもなるのだが「諦めない所、才能がないと分かっていても努力を続ける」ところだ。複数回回答OKとのことなので、もう一つあげるとすれば「同情心があること、困っている人、苦しんでいる人がいたら何とかしてあげたいと思う」ところだ。嫌いなところ駄目なところは「勇気がないところ」「面倒くさがり」「他人に影響されやすい、直接自分に対するものでなくてもその人の言動でかなり傷つく」などだ。
違う自分に生まれ変わりたいかの質問にはNoだ。性格は変えられるかの質問にはyesだ。
性格の原型は遺伝子によって生まれる時に既に定まっている。しかしそれは教育とかその後の様々な体験そして読書などによって変えられていくものである。問題は自分が悪いと思っている性格をいかにするかだと思う。例えば内向的を悪い性格と思っている人は恥をかいてもいいから積極的に仲間や社会の中で発言したり行動していくべきだと思う。自分はこんな性格だからしかたない。と諦めないでそれを自分の悪い所と認識したのならその改革のために挑戦すべきだと思う。性格は必ず変わると私は信じている。






Last updated  2021.05.02 09:53:21
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2021.04.23
カテゴリ:生き方
イキシア

最近は非常に長命化してきたので20年くらい前にはまれだった90歳以上の方がいっぱいみられる時代になった。少し前まで定年は60歳だったがいつしか65歳になりやがて70歳になるかもしれない。
昔は60歳なり65歳を過ぎると第一線を退いてご隠居さんになり、子供達に看てもらいながら終末を待つパターンが殆どだったが今はそれから何十年も生きることになり新たに人生設計しなければならなくなった。
昨日95歳の腰椎圧迫骨折の女性患者Tさんの家族と面談した。Tさんは回診の度に私をねぎらってくれて、「お体に気をつけて下さいね」と言ってくれる思いやりのある人だ。本人は早く退院したいと言うが準備もあるので少しでも長く病院においてもらいたいというのが家族(長男の嫁)の希望であった。今までは一人で暮らしてきたが高齢なのでこれからは長男と同居か介護施設に入ることを考えた方が良いと思いますとアドバイスしたがお嫁さんも体が弱いとのことで同居は難しく入院前と同様の一人暮らしに戻ることになりそうだ。別々に暮らしながらそれとなく援助していく方式が、お互い気兼ねなく自由に暮らせるので良いとのことだった。
今は90歳以上でも独居で暮らしている人が結構多い。入院を契機に施設に入る人もいるがそのまま独居に戻る人もいる。本人がそれを望むならそれをかなえてやって外からバックアップしてやるケースも増えていくのではないかと思われる。これからは高齢になっても誰かに頼るのでなく自力で何とか生きていく時代かも知れない。一人暮らしでも楽しく生きる術を身に付ける必要があるなと思った。






Last updated  2021.04.23 23:21:41
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