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カテゴリ:酒井 正 石仏画の世界
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緑区は見沼区と並んで見るべき庚申塔が多い地域で、酒井さんの石仏画集も緑区が続いています。 18P目、三室から路傍の庚申塔 享保2(1717)唐破風笠付き角柱型、日月雲 青面金剛立像 斧・ショケラ持ち六臂。斧・ショケラ持ちというのは私も見たことがない。残念ながら現在この三差路のところには新しい家が建っていて庚申塔は影も形もない。5年前に取材したときにもあちこと探し回ったのだが見つけることはできなかった。今回再度挑戦したがやはり見当たらず、上の地図にある庚申塚の北の石地蔵にお参りしている人にお話を聞いてみると、7,8年前、アパートが建てられた際に地主さんがご自宅のほうに持っていったとのこと、いつか拝見する機会はあるだろうか? 19P目、同じく旧三室村から宝蔵院の庚申塔 明和8(1771)駒形の石塔の正面 日月雲 青面金剛立像 合掌型六臂。地番は緑区山崎1-16-5、緑区の西の端、すぐ先は浦和区になる。 大小三つに束ねられた独特の髪形は今まで見てきたように岩槻の石工 萩原氏作品の特徴で明和8年というとちょうどその活躍時期のものだが、萩原氏の他の作品は剣・ショケラ持ちであるのに対してこちらは合掌型、石工銘は見当たらずはっきりしない。 足元の邪鬼は正面向き。ここまで見てきた萩原氏の邪鬼は全身型だった。正面向きというと岩槻型の邪鬼となるが、岩槻型のようにM字に腕を張る形ではなく、両拳を合わせてその間に頭をのせる、これは萩原氏の邪鬼と同じ形で、このあたり、ちょっと判断が難しいように思う。この形の青面金剛像については一度整理してみる必要がありそうだ。 第二産業道路、山崎交差点のすぐ西に宝蔵院がある。その東側の斜面の上に墓地がひろがっていた。本堂右手の宝筐印塔の前からコンクリートで整備された坂道を登ってゆくと、右側に三基の石塔が並び、その奥に六地蔵の小堂が立っている。 三基の石塔の右側がスケッチの庚申塔だった。ところどころ白カビが付いていて、像の様子はあまりはっきりしない。 庚申塔 明和8(1771)駒型の石塔に日月雲 青面金剛立像 合掌型六臂。独特の髪形。三眼、忿怒相。光背右脇「奉造立庚申心待供養像」とあるが、「庚申心待」と心の字が入るのは初見。他に例はあるのだろうか? 中央 花見堂供養塔 明和2(1765)舟形光背に静かな表情をした地蔵菩薩立像を浮き彫り。光背右脇に「奉造立花見堂尊像供養為二世安樂也」とある。 左 馬頭観音立像 天明8(1788)忿怒相二臂。馬口印を結ぶ。頭上にはくっきりと馬頭が彫られていた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2019.03.10 20:14:46
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