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雀坊の納戸~文鳥動向の備忘録~

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2012年03月12日
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カテゴリ:文鳥動向の備忘録

 とあるブログの弥富の生産農家を紹介した1年ほど前の記事に、「(ある専門家が)白文鳥発祥の地、日本で固定化ができなかったことは恥かしいことでありどういうことだと。けなす文章を書いていていたのを覚えています」 とあるのを、最近になって拝見した。どちらの「専門家」様のご主張だろうかと首をひねったが、それはともかく、「白と白をかけると、強い雛が生まれない。駄目なの。白と黒をかけた方がしかりした雛が生まれる」と、弥富の生産農家の発言らしきものを載せ、「高い値段で売れる雛を育てることよりも、強くて元気な雛を育てること」を優先するのが弥富のそれだと結論されているのには、かなり大きな違和感を覚える。

 台湾の生産現場については情報がない。また、昨今鳥インフルエンザで輸入中止状態となってしまう台湾産の文鳥を、擁護する理由の持ち合わせもない。しかし、妄想で「けなす」ことも出来かねる。何しろ、ごく素朴に考えるなら、生産環境としては、衛生的とも快適とは言い兼ねる日本の生産農家と現状、薄暗い畜産禽舎の中で5、6段に飼育箱を重ねて、エサやフンが散乱しているようなそれと、大差があるとは思えない。アレ以下で飼育繁殖するなど、どうすれば良いのか見当がつかないからである。従って、違いは、遺伝子的な相違を除けば、人件費その他のコストの相違と、遠距離を空輸することによるロス数(嫌な話だが、輸送中に死んでしまう数)だけ、と推定するのが適当かと思う。つまり、普通の家庭でそれなりに衛生的に育てている現在の飼い主の基準で見るなら、弥富にしても台湾にしても、大量生産する環境など、ともに安かろう悪かろうで、評価など出来るものではない。
 私の場合は、日本の生産農家を訪れたこともなければ、個人的な付き合いもないので、「白と白をかけると、強い雛が生まれない。駄目なの。白と黒をかけた方がしかりした雛が生まれる」は、客観的に迷信でしかないと、たんなる事実を指摘することに、何ら躊躇しない(個人的な付き合いがあれば、不特定多数に主張する前に、個人的に徹底的に指摘する)。そもそも、これを信じるなら、弥富の白文鳥は、片親が桜文鳥であっても、健康的な欠陥を持っているとするに等しいことになるってしまう。それに、なぜ気づかないのか、むしろ気の毒な気持ちになってしまう。
 ・・・、その説明のため、ずいぶん昔に調べた話を、いったい何度しているのかと、軽くうんざりしながら、繰り返してみることにする。

 弥富系の白文鳥は、卵段階で成長が止まる致死遺伝子を持っていることが、経験的にも科学実験でも明らかになっている(研究レポート類の出典など詳しくは『文鳥問題』や『文鳥ことばで話そう!』参照)。残念ながら、白い色を伝える優性遺伝因子が重なると致死するというもので、より劣性の有色遺伝因子を合せ持つことで、はじめて弥富系の白文鳥として生を受けることができる。
 つまり、Wを白因子とし、gを有色因子とするなら、弥富系の白文鳥はWgの組み合わせで、見た目は白でも、もれなく有色因子を劣性遺伝している存在であり、その白文鳥同士を交配すれば、Wg=白文鳥が2羽、gg=桜文鳥が1羽、WW=致死が1羽生じ、これを経済合理性で見るなら、四分の一のロスが必ず生じることを意味する。一方、桜との組み合わせなら、Wg=白文鳥が2羽、gg=桜文鳥が2羽生まれることになり、遺伝子に起因するロスは生じない。
 ロスが生じるか否かをもって、「白と白をかけると」「駄目なの」と考えるのは、生産農家の発想として至極当然なものであり、これをもって私のような家庭で飼育する者が非難したなら、それは完全なお門違いとなるだろう。しかし、その理由付けを、『弱い子が生まれるから』、などとすれば、非科学的である以上に、自分で自分の首を絞めることになってしまう。なぜなら、白文鳥同士だろうと、桜文鳥とのペアであろうと、そこから生じる白文鳥の色の遺伝子型はすべて同じWgなので、どちらかの組み合わせが「駄目なの」なら、両方ダメになってしまうのである(色合いの決定遺伝子に虚弱化する要素を伴っている理屈は成り立たない)。

 さて、「専門家」ではない私は、品種改良めいたことが好きな他地域の「鳥キチ」、「巣引き屋」、繁殖家に対して、非弥富系の白文鳥を固定化しようとしなかったと見なして批判し、「けなす」ようなことも書いた覚えがある。時々出現した茶化個体を、固定しようともしなかったらしいシナモンについても同然である。そもそも、弥富系の白文鳥では、遺伝子に重大な変異が起きない限り、白文鳥同士を掛け合わせ続けても、有色遺伝子は消え去らないので、弥富系を前提としては話にもならないので、純然たる生産者の弥富の農家に対して固定化させなかった責任など問えるはずがないと思える。
 白文鳥の出現と、それが他地域に拡散した経緯はわからないが、文鳥の白因子は、有色因子に対して優性の弥富タイプとは別に、共優性となるタイプが元々存在していた、と、かつて私は想定した。そのように想定した理由は、関東あたりで、桜文鳥の白い羽の多いもの同士を掛け合わせ白文鳥を「作った」とする話が根強く存在していることにある。もちろん、それが事実であるかはわからないが、非弥富系の白文鳥は日本に元々いて、その系統が台湾に渡ったと考えたほうが、弥富系の白文鳥が台湾で突然変異したと考えるよりも辻褄が合うものと思っている。そして、その推論を前提とすれば、純然たる白文鳥の系統を既に持ちながらが、それを固定化せず、弥富系とごちゃまぜにして、ごま塩化しても桜文鳥として気にしないようなことを、何十年も百数十年も続けてきたことになり、その推測を否定できない環境なり思想が、日本の飼鳥の世界にはあったといった批判に結びつくのである。
 弥富については、12年ほど前に、産業として成り立ち得ず、そもそも市場におけるシェアもそれほど大きくないと思われるので、消滅しても特に問題は生じないと指摘した。ところが、案外その後9年も出荷組合が継続したので、驚き、この間大変だったろうなぁ、と、他人事として同情するのみであった。良いも悪いもない。こうした、他人事でクールな感覚を奇異に思う文鳥の愛好者もいるかもしれないが、それは何か思い違いをしているのだと私は思う。例えば、家族同然にミニブタをペットとして飼育している人が養豚場に行けば、それが理想的な飼育環境とは思わないだろうし、ニワトリをペットとして飼っている人が、養鶏場に行けば、割り切れない気分にもなるはずだ。国内の養豚や養鶏の産業が成り立たなくなったとしても、ミニブタやニワトリをペットとする人には無関係だろう。同じことではなかろうか?ペットとして家族同然に飼育するのと、売り物として生産して出荷するのでは、違って当然であり、違うことに良し悪しなどないだけである。

 別世界の話を、同じ土俵に立っていると錯覚するようでは、大きな誤解が生じてしまうものと思う。弥富の畜産業としての文鳥生産の継続と、弥富に残されてきた弥富系の白文鳥を保護していくのとは、全く別の問題なのだ。「弥富の白文鳥」に魅力を感じる人は、その点をしっかり認識し、ペットとして十分に衛生的な手厚い環境の下で、弥富系の白文鳥を守っていく努力をしていただければと願ってやまない。

 ・・・例えば、白も桜も同じ割合で生まれ、両品種の人気にさほどの違いはないようなので、値段は均一にして、ヒナなら死亡保障付きで最低5千円、手乗りに育ててオスメスがわかって以降は最低1万円とすれば、オスの1羽飼育希望も大きいので(1羽飼育の場合、産卵リスクを忌避したい飼い主も多い)、性別での売れ行きの偏差も起きにくいように思える。
 そういったことは、大量生産では不可能なので(そういったことにも気づかないと思う)、繁殖農家や巣引き屋を「専門家」などと崇めて期待せず、それらの過去の存在とする有志が、未来の「専門家」を目指してもらいたい(つまり、犬をしっかり飼育する飼い主が、自分の愛犬で無理なく繁殖もして、その子犬を譲渡販売するのと同じブリーディング形態。私は残念ながら、今現在の文鳥たちとの生活を重視するため、現在余裕がない)。






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Last updated  2012年03月12日 22時22分21秒
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