カテゴリ:カテゴリ未分類
恵心僧都(源信)とは
天慶五年(942) 大和国葛城下郡當麻郷(奈良県香芝市)の當麻寺近くの生まれ。 父は卜部正親(うらべまさちか)、母は清原氏、母および三人の妹はともに尼となる。 十代中頃に夢告により比叡山の横川(よかわ)にて、慈恵大師良源大僧正の弟子となり、 三十二歳の時、慈恵大師始行の「広学豎義(天台僧の最終試験)を受けて 「論義決択世に絶倫と称す」と称讃 寛和元年(985)四十四歳、 叡山浄土教大成の書『往生要集(おうじょうようしゅう)』三巻を完成。 そして大麻曼荼羅の存在 浄土教はここから始まると言っても過言ではありません。 観想念仏/かんそうねんぶつ 仏の相好や浄土の様子を心にこらし、その姿や相を想い描くこと。 特に浄土教では阿弥陀仏の姿やその功徳、さらには浄土の具体的様相を想起する観法の一つ。 称名念仏に対することば。ただ観念ともいう。 観念の念仏と同義。源信は『往生要集』中において、 「初心の観行は深奥に堪えず。…まず仏の色相を念ぜよ」(浄全一五・七九上)といい、 仏の相好を個々に観想する別相観、 総括的に観想する総相観、 仏の眉間白毫の相に限定して観想する雑略観を修すべきことを説き、 さらには、「もし相好を観念するに堪えざるものあらば」(浄全一五・八五下)と説示していることから、 仏の色相を心に想い浮かべることを観念、あるいは観想の念仏としている。 観想念仏の究極の状態は、総相観で示される三身即一の阿弥陀仏と行者が融合し一体となっていくことで完成される理の観念を指している。 また、別相観や雑略観で説かれる観想は事の観念として位置づけられる。 (この雑略観は 前も書いた白毫相の形成のやりかたなのではないかと思われる) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2024.04.20 21:28:12
|