続・ある日の寿司屋
先日、小さな寿司屋に入ると貸し切り状態だった。困り顔の大将に「大丈夫、もうじきお客来るから」と、私が言ってから5分後に一組が暖簾をくぐってきた。夫婦には見えないが、40代の男性と30代の女性。その店に入るのは初めてらしい。カウンターの寿司ネタを隅から隅まで眺めてから腰を下ろし、まずは日本酒を頼んだ。パート1でもそうだったが、今回も男性がセッセと注文して女性に勧める。違うのは、食べっぷり。女性はそこそこで、男性がガンガン食べる。「平貝とマグロを刺身でください・・・」から始まって、「平目、白魚、ヤリ烏賊、甘エビ、アナゴ、玉子焼き、サヨリ、鯵・・・」握りは「マグロ、ウニ、イクラ、ヒモキュウ、アナゴ、鉄火巻き、スミ烏賊、タコ・・・」結局、コハダと鯖、ツブ貝とホタテ貝、ボイル海老と漬物以外は店にあるものを全部食べた。熱燗3~4本飲んだ1時間半の間に、僕らが得た情報は、「彼女の親は寿司屋だった」「寿司屋は止めてしまったが、実家と住まいは近くらしい」(何処にあったか僕は知っている)「この店に入るのは初めてだが、出前は頼んだことがある」(大将は知っていた)「これからカラオケに行く予定」(得意な歌が何かは知らない。ちなみに大将の得意とするところは、松山千春であることを僕は知っているが聞いたことはない。)そんなことはどうでもよかったんだわ。美味しい美味しいと言ってせっせと食べている姿は、見ている方も気持ちが良かったが、奥さんが支払い金額を書いた紙を二人のところに持って行ってから雲行きが怪しくなった。二人で紙切れを覗き込んでいる。僕にはいくらか見えない。紙切れとお互いの顔を交互に見合いながらも、やっと女性が財布を取り出す。男性は横からその財布を覗き込む。女性が取り出した数枚の紙幣は全部千円札だった。「おいおい足らへんでー」僕は心配になった。「もうじきお客来るから」そう言った手前もあるし、支払不能な客は客じゃーない。「僕は肩代わりしないよー」女性から千円札を受け取ると、男性はポケットから無造作に二つ折りにされた数枚の札を取り出した。「なーんだ、持ってるじゃんか」そう思いきや、男性の札も全部千円札。男性は、両方重ね合わせて数える。そして手にしたまま女性と顔を合わせコソコソ。またしても丁寧に数えてみる。そしてコソコソ。「大の大人が寿司屋のカウンターに座るのに、万札持ってないでよく平気やなー」「僕は払わないよー」「回転寿司やないんやからなー ったく」何度数えても変わらないのに数回数えてはコソコソを繰り返し、やっとのことで「すいません、ちょっと取ってきますから・・・」そう言って女性は出て行った。ものの3分で1万円札を2枚手にして、女性が戻ってきた。おそらく裏のコンビニへでも行って来たんだろう。女性は男性に2万円を渡し、「200円はいいです」と、男性が奥さんに支払う。「コソコソしてないで、さっさとコンビニ行って来よし」「男がそのくらいのお金もってなくてどないすんねん」「200円いいです、ったって彼女のお金でしょ?」「格好付けたって遅いわさ」人騒がせな人達だ。ヒヤヒヤさせられた。「払ってもらえてよかったねー」「ホントだよー」「それにしてもよーく食べるねー」「ホントだねー」「今日の目標、達成したねー」「ホントだよー」彼らが出て行った直後、沈黙の重たい空気は一変した。という訳で僕の支払いは、通常より大幅に安かった。