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2014.11.22
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カテゴリ:忍草シリーズ
おさけ.jpg

 鳥居耀蔵は御猪口の酒をぐいっと飲み干して、淫乱な目付きをお蝶に向けた。お蝶は、聞き分けのいい素振りで、立ち上がり、三枚重ねの赤蒲団の敷いてある隣の部屋に行き、恥ずかしがりもせず、帯を解き、着物を脱いだ。白い体は眼を眩むような美しさだった。
 鳥居耀蔵も慌てて褌を解いた。肥満した白い腹から、びゅうんと起立した黒い逸物が天を仰いだ。だが、酩酊したのか体がよろけた、足元がふらつく、眩暈がする。天井が廻る。伝蔵の配合した薬種が効いてきていた。毒殺術ではない、忍法、目眩(めくらまし)の術だ。

 それでも、性欲が勝るのか、這いずりながら、お蝶のいる隣室の寝床に躰を滑り込ませた。鳥居の手はお蝶の身体を弄る。お蝶は身体をくねらせる。そして、そのくねくねとした柔らかい肌が鳥居耀蔵の身体に巻き付いた。鳥居は無我夢中の境地にいた。が、鳥居耀蔵に絡みついていたのはお蝶ではなく、あの白蛇だった。『身代わりの術』だった。と、天井板が音もなくずれる。紐がすっと垂れ下がる。黒装束の忍者が紐を伝って降りてくる。朝蜘蛛は殺すな、夜蜘蛛は殺せ、夜の蜘蛛の糸は危険だった。忍法『下り蜘蛛の術』である。
「あなたは?」
「白蛇様の使いの者だ、後は白蛇様に任せて、さあっ、お蝶、逃げるぞ」
 忍者が黒装束を裏返すと、茶色の商人が着る着物になる、お蝶はそれを被せられたまま、抱きあげられ、天井裏に消えた。蛇を使って、敵の隙を作って逃げる作戦を「蛇遁の術」と云う。音もなく、臭いもなく、跡も残さぬあ筈の忍者だが、僅かに酒の匂いがお蝶の鼻を掠めた。

 鳥居耀蔵は白い肌に絡みついたままだった。こんな快感は初めてだった。朝までに五回放出した。お天道様が昇った巳の刻まで、死んだように眠っていたが、目が覚めると、
「お蝶、お蝶、これほどの歓びはないぞ」といって、再び、お蝶の体を強く抱く。お蝶の手足も鳥居耀蔵の躰にしっとりと、纏わりついている。鳥居耀蔵はまだ、快楽の淵にいた。
 が、次の瞬間、「あぎっあっっ!」と呻いた。腰が抜ける。鳥居は蒲団から飛び跳ねる。呻きは歓喜ではかった。驚愕とも違う。酔いは醒め、心臓が高鳴る。股間は縮む。
 鳥居が抱いていたのはお蝶ではなく大白蛇だったのだ。『身代わりの術』にかかっていたのだ。大白蛇はゆっくりと、蒲団から這い出しきて、妖しく光る紅色の眼を鳥居に向け、先の割れた舌でぺろっぺろっと鳥居の萎んだ一物を舐めてから、ゆっくりと、壁を伝って、天井を這い、やがて、天井裏に消えて行った。「蛇遁の術」と云う。蒲団の上には脱皮した白蛇の抜け殻が残されていた。

 鳥居耀蔵は萎んだ股間を握りしめ、蛇の毒に犯されていないか、と顔を青くして震えていた。蝮と白蛇のこの事件のことは、誰にも口外することはできず、歴史にも封じ込められたまま、闇に葬られたまま、墓場まで秘密にされて、一緒に埋められてしまった。
 以来、鳥居耀蔵は女を信用することができず、近習から特に生娘、美女を避けて暮らした。小伝馬町の牢屋敷に捕えていた女のことごとくが、蛇に化身して牢内を這い回る恐ろしい悪夢に魘された、鳥居耀蔵は、拘禁していた、遊女や夜鷹を、次々に解き放った。妖怪と呼ばれた、鳥居耀蔵が罪人に恩赦を与えた唯一のことであった。

(おわり)

作:朽木 一空

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最終更新日  2014.11.30 13:56:25
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