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2016.01.08
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カテゴリ:江戸珍臭奇譚 
 住めば都とはいうけれど、お菊の今までの生活とは、天国と地獄のような差があった。隙間風はくる、雨漏りはする、隣の声は筒抜け、それに何より六畳一間の狭さ、、こんなところで生きていけるのだろうか。うとうとして眠れなかった不安な朝を迎えて、戸惑っていると、への字が早速やってきた。
「ああ、朝飯だ、向かいのお勝さんが作ってくれたよ」
 隣には裁縫をしてるお絹、向かいは船頭の女房のお勝、斜め前にはは大工の女房のおまん、金魚売りの茂平の女房のおきち、鍋・釜を修理する鋳掛屋(いかけや)の女房おたよ、長屋のかみさん連中は珍しさもあったのか、入れ代わり立ち代わりやってきては親切なのかおせっかいなのか区別のつかない世話を焼いた。もっともそれがなかったら、お菊は生活できなかった。

 裏長屋の生活はさっぱりしていて、くよくよしない、明日は明日の風が吹くんだよと、お気楽そのもであった。宵越しの銭は持たねえ、銭を持つから厄介なことが増える、物が増えれば不安が増える、子供が産まれりゃ、心配事が増える、とか、いいながら、どこの家にも子供だけは三人五人とごろごろしていた。
 火事と喧嘩が江戸の華では、家財道具は最小限がいいらしく、物をできる限り持たない、もっとも六畳一間の長屋では、置く場所もない。釜と茶碗と蒲団があればいい。どっちみちいつかはあの世へいく、その日暮らしで、身軽に暮らすのが、面白おかしく生きるコツというもんらしい。
 断捨離なんざぁ、あたりきしゃりきのこんこんちきよ。貧乏なのに、そんなかけらも見せない。金は天下の廻りものとでも思っているのか気にも留めていない。それに、超のつく世話焼きで、困ったときはお互い様、遠慮はいらねえよ、長屋のみんなが家族のような付き合いだった。そうしなければ、貧乏所帯が寄り添って生きてはいけないのかもしれない。

 甚右衛門のように何でもかんでも算盤勘定で物事を決めるのは江戸っ子の恥とでも言わんばかり、「てっやんでえ、江戸っ子の 生れそこない 金を溜め」と、金持ちが悪いことのように言い放し、世間の評判や上役のご機嫌ばかりをうかがって地位に齧りつき、体裁ばかりを気にして、食いたいものも我慢して、「武士は食わねど高楊枝」と威張る武士とは真逆で、食いたいものは女房質に入れても食べるという、威勢のいい、はちゃめちゃぶりが江戸っ子の気風だった。
 お菊には、そんな江戸っ子の気風が清々しく感じられた。なんだが、こっちの世界でもやっていけそうな気がしていた。それに、裏長屋の女たちは誰も化粧っけなどなく、すっぴんで、お世辞にも美人とよべるような女は少なかった。みな、へちゃむりんのおへちゃであった。だが、そんなことを気にかけている女はいなかった。
 おかちめんこでも、へちゃむくりんでもちゃんと所帯を持ち、亭主の尻を叩き、子供を産んで、くよくよしてる暇なんぞありゃあしねえ、わいわい楽しく忙しそうに生きていた。お菊はもう、自分がでぶでおへちゃであることなど気にも留めなくなっていた。
「あれは、美人と比べるからいけないいんだわ」

 お菊は、今までの着物を脱ぎ棄て、古着屋で買った洗いざらしの垢染みた木綿の古着を着て、への字に案内させて、深川八幡宮、州崎弁天、回向院、両国橋界隈を毎日のように歩いた。お菊には本所深川で見る物が珍しく、異国のように魅力的に満ちた町に思えた。江戸の庶民はせせっかしい、蕎麦はするするっとすすり、道を歩くのにも、
「とっとっと、ごめんなさいよ!」「ちょいと、あぶねえよ!」と、忙しそうに動いていた。
 お菊もへの字についてそろそろと歩くお嬢様歩きではついてはいけない。小さいころのおてんば娘が蘇ったように、たったったっと、江戸っ子並の早歩きになってきた。おかげで、ぶよぶよしていた尻も足も豚の足から鹿の足のように締まり、体重も減れり、身軽に動けるようになってきていた。
「お菊姉さん、この頃躰がぐっと締まって、色気がでてきやしたぜい」
「なにをいいやがるへの字、おだてたって、、出るのは屁ぐらいだよ!、」
 心の中の汚れたものが落ちていくような快感さえ感じ、重たかった心が随分軽くなってきていた。だが、お菊の最大の悩みは頻便であった。原っぱなら、への字に見張らせて、落ち着かないが出すこともできたが、町中では、我慢をして、脂汗をかきながら、商家の厠を借りる、茶屋の裏を借りる、肩身の狭い思いをしなければならなかった。そこで、ふと、お菊は思いついた、この悩みは私ひとりじゃないはずだ、これは人助けにもなる。
 よし、「貸し雪隠」をつくろう、貸し便屋をやろう。人混みの中で、気楽に大便が出せたら、こんない気持ちのいいことはない。ここからが私の出発だ。お菊の眼には見たこともないような明るさが輝いていた。


(つづく)

作:朽木一空

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最終更新日  2016.01.08 11:25:57
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