508969 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

ネット文芸館 木洩れ日の里

ネット文芸館 木洩れ日の里

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

ニューストピックス

コメント新着

高校時代の恋人です@ Re:ばあばになった日(02/23) おめでとうございます、 孫は子より可愛い…
笑左衛門@ Re:美しい十代(08/12) パチパチパチパチ うわああ、面白いわ、 …
笑左衛門@ Re:いよいよ卒業だあ(07/15) サヨナラヒロシ君 昭和の匂いがしてとても…
*成風*@ Re[1]:雨の季節(06/30) 笑左衛門さんへ コメント、 ありがとうご…
笑左衛門@ Re:雨の季節(06/30) いい歌ですね、 雨のにおい、、赤い傘 、…

お気に入りブログ

己の葬式どうあるべ… 笑左衛門さん

カレンダー

日記/記事の投稿

カテゴリ

キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

サイド自由欄

このサイトに掲載している「文章と絵手紙画像の著作権」は、当サイト管理人に帰属しています。従って、無断で転載することをお断りします。

2017.06.10
XML
カテゴリ:忍草シリーズ

忍草 浅草花川戸町 七軒店

豚鼻の儀十の巻 5


蝶のように、
花から花へと、蜜を求めて舞う江戸なら楽しかろうに、
鼻を鳴らして、
尻から尻へ、屁を吸う仕事は
悲しすぎます、哀れです、
私、これでも忍草です、

 浅草花川戸町にある儀十の住んでいる裏長屋は千住街道から浅草寺の裏へ抜ける脇道から、大家である唐辛子屋七兵衛の木戸を潜った裏店で、どこにでもある九尺二間の狭い家であった。儀十はこの長屋で、女房のお勝と、つつましく暮らしていた。長屋暮らしも八年になり、住民とはすっかり溶け込んでいて、町内でも不細な豚鼻の儀十の顔はよく知られていた。
 人は、他人の不幸、他人の傷が見えると安心し、同情する気持ちさえ湧かせ安心するのだった。豚鼻の儀十は普段香薫堂の屁集めの仕事をしていたが、裏の顔は草と呼ばれる忍者だった。だが、不細工な顔は忍者としての素性を隠し通すことにおおいに役立っていた。
 女房のお勝さえも、この豚鼻の顔の儀十に裏の仕事があることを疑ってはいなかった。香薫堂の屁集めをしている、危険な臭いのしない冴えないが真面目な男だと、誰にも思われていた。
 忍草であることの第一条件は、江戸の町の中に人畜無害の人間として溶け込むことである。その意味では、豚鼻の儀十は紛れもなく忍ぶ草になって江戸の町に溶け込んでいた。

 豚鼻の儀十は伊賀の隠れ里である、伊賀曲崖郷で育った。骨法術、気合術、剣術、槍術、手裏剣術、火術、遊芸術、教門の『忍者八門』は幼いころからの修行で会得していたが、曲崖郷の忍者村の掟では、個々に、目、口、鼻、耳、手、足、顔を使った特異な才能を見出し、その才能を磨き、秀でたものを身につけさせる。それで、忍者として一人前として認められるのである。
 一日に百里(約400キロ)の道のりを走ることのできる者、6尺半(約2、7m)の塀を軽々超えることができる者、他人の声にそっくりな声色が出せ、鳥や犬、猫の声色ができる者、百面相のように自由に顔の筋肉を動かせ、どんな顔にもにも変顔できる者、地面に耳を付けて、一里も先の馬の音を聞き分けることのできる遠耳の者、水の上を歩き、水中に二時も潜っていられる水の者、暗闇でも昼間のように夜目の効く闇目の者。

 儀十の場合は嗅覚に優れていた。その異能を延ばすため、日々、臭いをかぎ分ける訓練をさせられた。
儀十の嗅覚の才能は誰にも真似のできない、まさに忍術と言える域に達した。と同時に、鼻の穴も空を向き、豚鼻になってしまったのである。

 悪の臭い、盗人の臭い、狡さの臭いも嗅ぎ分けられるようになっていた。汗や唾、息などが滲み込んでいる、手拭いや足袋草履に残された臭いから、その人間の職業、生活習慣、所帯持ちかどうか、子供はいるか、食べ物は何を好むか、酒は飲むか、煙草を吸うか、病気持ちか、様々な推量ができた。
 そして、その手拭一枚についた臭いをもとに、江戸八百八町の中から、一人の人間を探しだすことができた。尾行となれば、姿が見えなくとも、地面に残された足裏の臭いを辿って、正確に追跡できた。一里も先の臭いを嗅ぐことがでる、まるで警察犬のような臭覚を持つ稀有な才能の持ち主でもあった。


 伊賀忍者曲崖郷の江戸の頭目、上忍の筧三蔵から『密命』を受けると、人探しの仕事をこなした。南北両奉行には与力25騎、同心120人がいて、与力同心はそれぞれ配下に岡っ引き、下っぴきを抱えていたが、それだけの人数では、到底、江戸の治安は守れなかった。
 盗賊、人斬り、辻斬り、火付け、幕府転覆を狙う者、町のいざこざ、強請、たかり、喧嘩、増え続ける人口の江戸の町では犯罪が減ることはなった。両奉行とも凶悪な難題にぶつかると、密かに伊賀忍者の力を借りていたのである。
 伊賀忍者の諜報力、攻撃力は、与力同心、岡っ引き、とは比べ物にならない卓越した専門の技量をもっており、江戸城にも、大名屋敷の床下天井裏にも、忍び込むことができ、奉行所の力では解決できない事件でも、狙った咎人、犯罪者たちを追い詰め、居場所を突き止めることも、殺戮することも、できたのである。

 だが、伊賀曲崖郷の草と呼ばれた忍者は決して奉行の配下になることはなかった。奉行所内から難事件の仕事を金銭で請け負っていただけのことで、そこに主従関係も、義理もしがらみも産まれなかった。
仕事がない時には普通の江戸庶民として暮らしていたのである。それが草と呼ばれる忍者であった。
 服部半蔵や柳生一族のように、徳川家お抱えになり、碌をもらえば、組織の中に組み込まれ、安定はするが、それはすでに忍者ではなく、只の、特異な才能を持った武士の一員になることであり、忍者としての矜持に欠け、忍者としての誇りを失うことであった。忍者は主を持たない、あくまでも独立した組織なのである。そこに忍者としての尊厳があった。

 伊賀、曲崖郷の江戸の頭目、上忍筧三蔵は、豚鼻の儀十から、藪蕎麦屋九兵衛の台所の竈(へっつい)に疑義ありという情報を、依頼人である、南町奉行鳥居耀蔵に伝えた。
「さすがに伊賀者、よく突き止めたわ、油断のならぬ草どもよな、、」
 藪蕎麦屋九兵衛は鳥居耀蔵の抱える甲賀の忍者である、草と似てはいるが、九兵衛は鳥居に囲われた忍者である。鳥居耀蔵は邪魔者を密かに処分するのに、藪蕎麦屋九兵衛を使っていた。

 毒草と蜥蜴の丸焼きの甲賀の毒薬を酒に仕込んで鬼塚千十郎を殺害し埋め、その上に竈を作らせた。誰が竈の下に屍体が埋まっていることを見抜けようか、、、だが、筧三蔵率いる伊賀者はそれを突き止めた。
 南町奉行としての鳥居耀蔵は苦虫を潰した歪んだ表情になったが、一人芝居は続けなければならなかった。与力同心二十名に手下を加え、藪蕎麦屋九兵衛に乗り込ませた。が、九兵衛の店には既に、繋ぎが走っており、店はもぬけの殻だった。九兵衛はあらかじめ、予想でもしていたかのように、女中のおみよには十両を持たせ、亀戸の実家に帰らせ、九兵衛は風呂敷包みを背中に背負い、子の刻の闇に店を後にしていた。その九兵衛の動きを追う者がいた。筧三蔵である。

 九兵衛が鳥居耀蔵の下谷の屋敷の下谷練塀小路裏門に姿を消したのを見届けた。
「やはりな、鳥居耀蔵の猿芝居であったのか下手糞な芝居よ、この秘密でまた金子を強請れそうだ、」
 一方、店に乗り込んだ与力同心は人気がなくなり、がらんとした店内で拍子抜けしていたが、三つ並んだ竈にはやはり不審な臭いがするものである。しかもその内二つの竈に火を入れた跡がない。
「あやしいな、竃を調べよ」
 与力の命令で、直ちに竈を取り壊すと、その下から、人骨が三体出てきた。が、江戸の時代の捜査では、それが誰のもであるかは到底断定できはしなかった。天保の改革に踊らされ、利用され、鬼と呼ばれた隠密同心、鬼塚千十郎の行方は遂に分からずじまいで幕を閉じた。

 豚鼻の儀十は忍草としての仕事を終え、香薫堂から、竹竿を肩に担ぎ、屁を求めて、千住街道を北に向かって歩き出した。
 豚鼻の儀十などと言う、蔑みの綽名をつけられ、他人の尻に竹筒を当てて、誰が喜んで屁など集めるものか、これが下層忍者の情けない仕事であった。忍者の中でも下の下、草の中でも最下層の草であった。
忍者と言えば,聞こえもいいが、ちっとも格好のいいものではない、士農工商のどの身分にも属さず、何の身分を保証されるわけでもなく、流浪の民に近かった。
 そこには正義も義理もない。ただ忍術という技術を売って金銭にすることだけだった。伊賀忍者の末裔だという誇りが犯罪から遠のけてはいるが、やっていることは、盗賊とあまり変わらないのかもしれない。だからといって、伊賀の忍者組織から逃げれば抜忍として追われ、挙句の果てに、確実に殺される。

 伊賀の里、曲崖郷は隠れ里と言われる秘境の地で、陽の当たらぬ狭い崖地で作物もろくにできぬ痩せた土地であった。そこでは、老人や子供たちが口を開けて待っていた。江戸の忍草の稼いだ金が送らてこなければ、生きてはいけない。情けない宿命、死にたくなるほどの屈辱の中で、忍草という忍者は息をしていた。
 今日もお江戸の八百八町の町中から
「へーーーいっ、臭いありませんか、屁買いましょう、屁買いましょう」という、呼び声がきこえる。
おかしくもないし、笑えない、何やら悲しい響きさえ感じる儀十の呼び声であった。

(終わり)

作:朽木 一空


※下記バナーをクリックすると、このブログのランキングが分かりますよ。
またこのブログ記事が面白いと感じた方も、是非クリックお願い致します。
にほんブログ村 ポエムブログ 心の詩へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2017.06.10 10:12:02
コメント(0) | コメントを書く
[忍草シリーズ] カテゴリの最新記事



© Rakuten Group, Inc.