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真理を求めて

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2011.11.03
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次に語られている「動機」に関しては、これは直接証拠を示して確定することは出来ないものだ。動機というのは心の中の問題だから、直接見ることはできないのだ。これは推測する以外にはない。それではその推測にどれだけの妥当性があり、論理的に納得出来るかと言うことを考えてみよう。

まずは「本件4億円がその原資を公にできないものか否かについて」として書かれている部分は、どのような推測につながるかというと、これを公に出来ないと言うことは怪しい金だからと言うことにつながっていく。怪しい金を隠すために収支報告書を意図的に虚偽記載したという推測になっていく。怪しい金というものが、それを隠したいという動機につながるという論理だ。では、その前提となる原資について、これが隠されているものという事実の方はどうだろうか。

小沢さんのウェブサイトには

「陸山会への貸付等に関する経緯の説明」
http://www.ozawa-ichiro.jp/massmedia/contents/appear/2010/ar20100124150021

という記述がある。ここには4億円の原資についても

「平成16年10月に私が陸山会に貸し付けた4億円の原資について
(1)昭和60年に湯島の自宅を売却して、深沢の自宅の土地を購入し建物を建てた際、税引き後残った約2億円を積み立てておいた銀行口座から平成元年11月に引き出した資金2億円、(2)平成9年12月に銀行の私の家族名義の口座から引き出した資金3億円、(3)平成14年4月に銀行の私の家族名義の口座から引き出した資金6000万円を東京都港区元赤坂の事務所の金庫に保管していました。平成16年10月には、同金庫に4億数千万円残っており、うち4億円を陸山会に貸し付けました。
4億円の一部は建設会社からの裏献金であるやの報道がなされておりますが、事実無根です。私は不正な裏金など一切もらっておりませんし、私の事務所の者ももらっていないと確信しています」

と書かれている。これについては判決では

「本件4億円の原資については明快な説明ができていない。検察官は、本件4億円ないしその一部についても、その原資を積極的に示す立証をしていないから、本件4億円が客観的にその原資を公にできないものとみるには証拠が足りないというべきである。」

と分かりにくい記述をしている。これをもっとかみ砕いて表現すれば、要するに、この4億円の原資を検察は怪しいと見て、これは公に出来ない金だろうと最初は考えたということだ。そしてそのために証拠を集めたが、公に出来ないと見るには証拠が足りなかったと言うことだ。つまり、公に出来ないだろう、という主張は出来なかったと言うことだ。これを論理的に整理するとこうなる。

1 <4億円は怪しい金だ> →(ならば) <4億円は公に出来ない>

この結論を検察は事実として証明しようとした。しかしそれが出来なかった。それは論理的には、仮言命題の後件の否定になり、上の仮言命題の対偶が成立することになる。

2 <4億円は公に出来た> →(ならば) <4億円は怪しい金ではない>

つまり、検察は自ら4億円が怪しい金ではないということを証明してしまったことになる。なぜなら、上の2の仮言命題の前件が正しいことを検察が証明したからだ。仮言命題においては、前件が正しければ、後件は事実を確認することなく成立する。小沢さんが、検察が調べて自分の主張が正しいことが認められた、と主張するのは論理的に正しいのである。

検察官というのは、犯罪の成立を論理的に証明することが仕事だと僕は思っていたので、論理については強いと思っていたのだが、この論証を見る限りではどうも論理に弱いのではないかとも感じる。なぜなら、検察の意図は全く反対のものとして論理的に働いているからだ。

そもそも検察が証明しなければならないのは、仮言命題の後件ではなく前件の方であるべきだ。そうでなければ仮言命題を使う理由がなくなる。後件の「公に出来ない」というものは、証明しても仕方がないのだ。それを証明したからと言って、そこから「4億円が怪しい金だ」と言うことは導かれない。4億円の怪しさは、このことと別に証明しなければならない。論理的にはそういう構造になっている。なぜこんな無駄なことに力を注いだのだろうか。しかも全く反対の方へ結論が導かれてしまった。

これに対して判決要旨では最後に次のように触れている。

「しかし、小沢らの前記供述状況に照らせば、本件4億円は、その原資を明快に説明することが困難なものとの限りで認定することは可能 である。」

これを見ると、裁判官も論理に弱いのではないかと感じる。「公に出来ない」という証明は出来なかったが、「説明を明快には出来なかった」と言うことは推論できるという主張をしている。このことが論理的にどんな意味があるのだろうか?論理的には全く意味がないのだが、イメージ操作的には意味があるという記述になっているに過ぎない。怪しいという証明は出来ないが、怪しいかもしれないというイメージだけは残るという記述だ。

この「かもしれない」が、後の推認につながってくるのでこれは大変問題だと思う。僕などは、小沢さんのウェブサイトに書かれている説明はかなり明快なものだと感じるのだが、裁判官がこう判断するのなら、せめてこの説明に対して具体的に言及して欲しかったと思うだけだ。それがないと、ウェブサイトの説明を知っているものにとっては、事実誤認から来る判断ではないかとさえ感じる。

この滅茶苦茶な論理展開は、聞いている方の情報がない場合は、うその事実から導かれたものとして詭弁としては成立するかもしれない。だがまともな論理感覚を持って、ちゃんと事実を追っているものだったら、このおかしさにすぐ気づくだろう。それを知らずに、弱い論理で判決を展開しているのか、それともそれを知りながらあえて確信犯的に滅茶苦茶な論理を展開しているのか、どちらなのだろうかと思う。






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最終更新日  2011.11.03 09:50:26
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