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2019年04月09日
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テーマ:ニュース(76631)
カテゴリ:カテゴリ未分類


4月8日は、お釈迦様の誕生日。近所の宝島寺では、昔から「花まつり」をしている。植木市といくつかの出店と、宝島寺秘蔵の屏風絵を展示している。今回は久しぶりに見ることが出来た。


近世の四大書僧とも言われる寂厳和尚の書を多く所蔵している。例えば、今回はこんな書が出ていた。達筆過ぎてさっぱりわからない。


びっくりしたのは、入ってすぐの突き当たりにあの菅茶山の直筆屏風が置かれていたこと。加藤周一の『夕陽妄語』の書名のもとになった茶山の代表詩「黄葉夕陽村舎詩」の一部が書かれている屏風が展示されていた。菅茶山(1849-1911)。江戸時代後期の儒学者、漢詩人。備後福山の藩校で出講していた。ここの説明文によると、茶山は近くの江長三宅家と縁あり、徳寿院や谷汲寺に度々往来したらしい。


この一帯は連島というが、もとは海の中の島だったので、陸地になって連なる島になったというのが、つい最近までの定説だった。ところが、実はここの地名は都羅というところであり、そこから都羅の島、都羅島(つらしま)になった、というのが定説になっている。江戸時代後期のこの時に、菅茶山はこの代表詩の中の1詩として「都羅」という詩を書いていた。びっくりである。江戸時代を代表する漢詩の中に連島を冠した詩がある!


それを見ることができた。説明書も一緒に載せる。


また、幕末児島郡郷内村の画家、古市金峨の屏風絵も置いていて、その説明に長じて岡本豊彦に師事したと書いていた。和尚に「この岡本は、この近所の岡本唐貴(白土三平の父、昭和を代表するプロレタリア画家)と関係あるのですか?」と聞いた。和尚のいうには、「西浦は文化人をたくさん輩出した。そうかもしれないが、よく知らない。何処かで繋がっているのはよくあることだ」ということだった。岡本唐貴引いては白土三平は、突然生まれた突然変異ではなかったのだ。それも大きな収穫だった。古市の絵を載せる。






最終更新日  2019年04月09日 23時27分43秒
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2019年03月09日
テーマ:ニュース(76631)
カテゴリ:カテゴリ未分類



全く油断していたのですが、どうやら今日! 400万アクセスを突破したようです! 

ありがとうございます!!

ブログを始めてあと二ヶ月でまるまる14年になります。最近自覚を強めたのですが、私は「軽い」アスペルガーのようです。特に「〆切恐怖症」というものがあり、〆切が迫ると何も手につけらけなくなります。

【一週間前】
よし、予定に組み込んだ。でもまだ余裕があるから、映画とか見ておこう。
【三日前】
いかん、この調子だとまた〆切が来て何も手につけられなくなるぞ。あらゆる予定はキャンセルして、とにかく机に座るようにしよう。
【当日】
なんでひとつも手に付けられないんだ。どうして、ついついネットサーフィンしてしまうんだ。どうして本を読みだすんだ。バカヤロー!でも徹夜は避けよう。
【三日後】
昨日晩は「完徹」してしまった。ともかく今回は、曲がりなりにも乗り切った。しばらくは体調崩すけど仕方ない。

毎日普通通りにブログを読んでいる方は想像できないと思いますが、これはずっと前の私の姿ではなくて、今月6日から7日にかけて「完徹」してしまった私の記録です。〆切対象はブログ記事ではないんです。ブログは本当に何のストレスもなく「すらすら」と書けるし、たいていは数日のストックもあるので焦ることはないのです。でも、その横でこういうことが起きていたのですよ、みなさん。

ホントにもうどうしようもない。

て、そういう悩みを書きたかったわけではなくて、ブログの方は義務感とかないというのはあるのですが、もう全く休むことなく、落とすこともなく、ほぼ14年間週6日の割合で、ずっとUPできています。これはもう、せかすことなく、でも確実に(時々訪問含めて)全国の推定数百人の方の読者がいるという確信があるからにほかなりません。

ホントにありがたい。ありがとうございます!!!

今日は、(ホントは別にUPすべき記事もあったのですが)そのお礼だけ述べて、記事に代えさせてもらいます。








最終更新日  2019年03月09日 18時56分27秒
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2019年02月15日
カテゴリ:カテゴリ未分類



旭川の水を引き込んで、岡山城のお堀になっている川の畔の町は出石町と言って、江戸時代は商人の町だった。其処彼処(そこかしこ)に昔の面影がある。


例えば、この「商店」の玄関口の上にこのような漆喰飾りがある。



何か謂れがありそうなのだが、わざとわからないままにしておきたい。



大通りを挟んでその昔の街道の南隣には、このような大黒天さんもおられる。油をかけるのが功徳なんだそうだ。俗気の多い御尊顔ではある。



その南隣には、楠木神社があるのだが、やはり謂れを調べることは止めておこう。



さて、この街道の北の玄関口辺りに、アートスペース油亀という美術画廊がある。見た目は、完全に下級武士長屋である。



しかし、奥は案外深く、昔に何かの商店だったのをそのまま利用しているのがわかる。ここで、様々な器展をしていて、毎年この時期には珈琲カップ展をしている。開催間近の日曜日ということもあるのか、私の想定以上の有名画廊なのか、若い女性でごった返していた。





2千円台から5千円台の珈琲カップが所狭しと並んでいる。



出張喫茶店も繁盛してる。



ペタンと座ってお客さんが品定めしている。



実は、ここ数年珈琲を1日4杯前後飲んでいる。健康のためというよりも、煙草を吸わない私の純粋な嗜好品として、もうこれにはお金をかけようと「決意」したからに他ならない。とはいっても、ワインでつくづく分かったのではあるが、私は生来鼻が悪くて、味や香りをきちんと味わうことが出来ない。だから、雰囲気だけを愉しむ嗜好品である。基本的に安い豆を買って、ドリップして飲んでいる。



器を愉しむことはしていないのだが、ひとつぐらい買ってもいいか、と思ってやってきた。



様々な器がある。



ひときわ目をひいたのは、福岡市在住の作家らしいこの方の作品が、どこにでも目に止まるのである。





自由自在の表現が楽しい。



それで、1番安いタイプのこの青色が美しく、指に馴染む、この器を買った。気分が乗った時に使いたいと思う。







最終更新日  2019年02月15日 12時16分00秒
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2019年02月03日
テーマ:ニュース(76631)
カテゴリ:カテゴリ未分類
地元(とは言っても氏神様ではないが)水島福田神社は、最近珍しくなった神主が常駐する神社である。そこで、小雨降る2月3日の節分の日に、節分まつり、すなわち獅子舞奉納と福まきをするというので、民俗行事取材(?)として行って来た。


これでここの節分祭に参加するのは2回目なのだが、他の神社も獅子は登場するのだろうか?東塚の提灯の先導で、獅子が登場して来る。


ところが、獅子だけではなく、天狗の面を被った「神様」も登場して、獅子と対決するのである。獅子とは「鬼」の位置づけだったけ。よく見ると、「退治」するのではなく、最後にはおとなしくさせて、何やら「説教」して終わりとさせていた。その言葉は完全に現代語であり、観客の笑いも誘発するものだった。


途中、子供の頭をかじって、「福を授ける」という獅子舞本来の役割を果たしていた。備中神楽と獅子舞の「安易な合体」のような気もするが、子供連れを呼び寄せるための、こういう柔軟な対応こそが、民俗行事と言われればその通り。


そのあとは、子供中心の豆まきならぬ福まきのあと、一般参賀の福まき(豆は一切入っていなくて、餅少しとお菓子のみ)を行う。今日は、弱雨模様ということもあり、200人弱、天気が良ければ、日曜日だからこの倍は来たかもしれない。


そのためか、近年の棟上げでも滅多にない九品という大量ゲットだった。いや、これはあくまでも民俗行事取材の副産物です(^_^;)。


恵方巻きを始めたというセブンイレブンに敬意を表して恵方巻きを買いに行ったら、既に売り切れていた。民俗行事取材の締めとして、そうは言っても民俗になるかわからないが、恵方お菓子として、こんなのも買って、東北東を向いて一息で食べさせてもらいました。






最終更新日  2019年02月03日 19時22分39秒
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2019年01月12日
テーマ:ニュース(76631)
カテゴリ:カテゴリ未分類



今日は近所の子供会がとんど祭をやっていたので、家のお飾りをもって、焼かせてもらった。近所には30年ほど前に一山を潰して(幾つかの古墳を壊して)ニュータウンが完成し、古臭い田舎の村だったのだが、子供だけは多くいるという地域になった。よって、現代的な「伝統継承行事」がいくつか残ることになった。​夏の明らかな虫送り行事「なんめえだあよ」​や、​秋の曳神輿を回す「千歳楽」​とかはずっと前から続いていたが、この冬の「とんど焼」も10年ほど前から大々的にやるようになった。これは全国的にある正月の歳神様を送る行事なのではあるが、下の説明の「日付」にあるように、祝日の変更から、ここでは第二土曜日の午前中に行うのがここ数年の習わしである。


このように、少しづづ変更を加えて、「ムラの民俗行事」が続いていくのが「正しい民俗」なのだと私は思う。ウィキペディアでは宮中の行事がさも「起源」であるかのように、説明しているが、私はそうではないと思う。もっと素朴に、「一年の始めを祝った正月」を「締めるために」この行事が行われたのだ。でないと、全国的に名前を変えて存在している理由が見つからない。


わがムラでは、ビンゴゲームで参加者が盛り上がっていた。また傍ではずっと餅をついていて、おそらくゲームの後に「ふるまわれる」と思われる。ビンゴゲームは人集めのためだとは思うが、餅つきは大切な歳神様との「直会(なおらい)儀式」である。また、本来生計形態が各々違う住民たちの「結束の場」として、「伝統行事」の原則を果たしている。私の親の世代や私たちの世代が役員として頑張って作ってきた成果だと思うが、ご苦労様と言いたい。


ウィキペディアでは​左義長​として説明されていた。以下に関連部分を載せる。

内容
1月14日の夜または1月15日の朝に、刈り取り跡の残る田などに長い竹を3、4本組んで立て、そこにその年飾った門松や注連飾り、書き初めで書いた物を持ち寄って焼く。その火で焼いた餅(三色団子、ヤマボウシの枝に刺した団子等地域によって違いがある)を食べる、また、注連飾りなどの灰を持ち帰り自宅の周囲にまくとその年の病を除くと言われている。また、書き初めを焼いた時に炎が高く上がると字が上達すると言われている。道祖神の祭りとされる地域が多い。

民俗学的な見地からは、門松や注連飾りによって出迎えた歳神を、それらを焼くことによって炎と共に見送る意味があるとされる。お盆にも火を燃やす習俗があるが、こちらは先祖の霊を迎えたり、そののち送り出す民間習俗が仏教と混合したものと考えられている。

とんど(歳徳)、とんど焼き、どんど、どんど焼き、どんどん焼き、どんと焼き、さいと焼きとも言われるが、歳徳神を祭る慣わしが主体であった地域ではそう呼ばれ、出雲方面の風習が発祥であろうと考えられている。とんどを爆竹と当てて記述する文献もある。これは燃やす際に青竹が爆ぜることからつけられた当て字であろう。

子供の祭りとされ、注連飾りなどの回収や組み立てなどを子供が行う。またそれは、小学校などでの子供会(町内会に相当)の行事として、地区ごとに開催される。

地方によって焼かれるものの違いがある。
だるまを焼くかどうか 1.縁起物を祭りで焼く事により、それを天にかえす
2.目がつぶれるとされ、祭りでは一切焼かない
3.だるまそのものが登場しない


九州地方では鬼火焚き(おにびたき)、鬼火、おねび、ほっけんぎょう、ほうけんぎょう、ほんげんぎょうなどと呼ばれ、7日正月にあたる1月6日の夜または1月7日の朝に行う[1][2]。

橙(みかん)は代々続くようにと子孫繁栄を願った物を、燃やし易くする為に踏み潰す事が縁起上良くないとされる。実施する地域の分布図や形態については、川崎市市民ミュージアムに展示がある。また、実施しない地域でも、ある特定の日にお札を焼く行事を執り行う地域がある(12月29日など)。近年では消防法やダイオキシン問題で取りやめているところもある。

起源[編集]

『弁内侍日記』建長3年1月16日(1251年2月8日)、『徒然草』に見られることから、鎌倉時代にはおこなわれていたらしい。起源は諸説あるが、有力なものは平安時代の宮中行事に求めるもの。当時の貴族の正月遊びに「毬杖(ぎっちょう)」という杖で毬をホッケーのように打ち合うもの(「打毬」)があり、小正月(1月15日)に宮中で、清涼殿の東庭で青竹を束ねて立て毬杖3本を結び、その上に扇子や短冊などを添え、陰陽師が謡いはやしながらこれを焼いたという行事があり[3]、その年の吉凶などを占ったとされる。すなわち、山科家などから進献された葉竹を束ねたものを清涼殿東庭にたて、そのうえに扇子、短冊、天皇の吉書などを結び付け、陰陽師に謡い囃して焼かせ、天覧に供された。『故実拾要』によれば、まず烏帽子、素襖を着た陰陽師大黒が庭の中央に立って囃をし、ついで上下を着た大黒2人が笹の枝に白紙を切り下げたのを持ち、立ち向かって囃をし、ついで鬼の面をかぶった童子1人が金銀で左巻に画いた短い棒を持って舞い、ついで面をかぶり赤い頭をかぶった童子2人が大鼓を持って舞い、ついで金の立烏帽子に大口袴を着て小さい鞨鼓を前に懸け、打ち鳴らしながら舞い、また半上下を着たものが笛、小鼓で打ち囃す。毬杖(ぎっちょう)3本を結ぶことから「三毬杖(さぎちょう)」と呼ばれた。これが民間に伝わり、現在の形になったとされる。

世界的には、中国で旧正月に次いで旧暦1月15日に祝う「元宵節」にも関係しているという人たちもいる。 [4] 元宵節は現在でも、夜に提灯や様々な灯を用いて盛んに祝われている。

日付[編集]

国民の祝日の成人の日が1月15日から1月の第2月曜日に変更されたことに伴い、地域によっては左義長を1月の第2日曜日または第2月曜日に実施するところもある。







最終更新日  2019年01月12日 11時29分48秒
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2018年11月19日
カテゴリ:カテゴリ未分類
この2週間ほど、夕食を電子手帳に記録することにした。この手帳では一覧で見れないのが難点で、とりあえず一週間分だけ内容紹介。目的は、短期記憶の思い出しを確認するということだ。テレビドラマ「大恋愛」を見て居て、テストを何気無く自分でもやってみると、初期アルツハイマーが疑われたからである。夕食を記録すると、ダイエットにもイイかも、と思ったが、今のところ悪くなりこそすれいいところはない。

特徴は見てわかるように3点。
(1)おかずを2日分作って使いまわししている。
(2)おかずはだいたい3点は用意するようにしている。
(3)ワインを一本4回に分けて(一回186mlぐらい)飲むようにしている。
つまり、こういう仕方で健康には気をつけているのである。



オリジナルレシピは、「豆腐コロッケ和え」だ。3個95円の木綿豆腐をキッチンペーパーで水気をとって豆腐1個と惣菜コロッケ一個をぐちゃぐちゃにしてマヨネーズで和える。豆腐の水気をコロッケが吸ってくれてちょうど良くなるのだ。他にもう一品のおかずや辛めの調味料その他(例えば韓国海苔)を入れる。簡単、速い、安い、ヘルシー、バリエーションがある、そして美味しい。ワインに合う。いいこと尽くしである。

12日(月)
豆腐コロッケ和え
小松菜炒め
チーズ海苔巻き
ワイン

13日(火)
キノコ厚揚げ炒め卵とじ
野菜天ぷらキムチ添え
冷奴
ワイン
菓子

14日(水)
冷奴
春菊のサラダ
小松菜炒めコロッケのせ
豆腐コロッケ和えのチーズのせ
春菊の茎炒め
ワイン

15日(木)
冷奴
春菊の茎炒め
ニラ卵とじ
お菓子
ワイン

16日(金)
ニラ卵とじ
ヒジキ煮
冷奴
お稲荷3個

17日(土)
おでん
カミナリこんにゃく
オニギリ

18日(日)
冷奴
おでん
おからベースの天ぷら惣菜
ワイン






最終更新日  2018年11月19日 08時50分52秒
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2018年10月12日
テーマ:ニュース(76631)
カテゴリ:カテゴリ未分類

「『この世界の片隅に』こうの史代原画展」
(岡山天満屋〜15日)に行ってきました。呉美術館所蔵の原画の巡回展のようです。アニメの原画は一切ありません。

『この世界の片隅に』は、思い入れも思い出もある作品なので、とりあえず観ました。高倉健展のような大々的なものではなく、ホントに原画と作画関連資料が少しあるものなので、思い入れのない人にはあまり勧めません。

びっくりしたことを羅列的に書きます。
・原画はこんなに小さかったのか、と思った。ほとんど週刊誌の大きさ。あの緻密な画を本当に丁寧に描いている。何処までアシスタントが入っているのだろうか。後で説明することを勘案するとあまり入っていないように思える。
・幾つかの連載時の表紙は、単行本に入っていないので、初めて見るものが幾つかあった。また、忘れていただけと思うが、アニメには無い描きこみもたくさんあった(反対にアニメには原作には無い場面も多くある)。

・入口に巡回展用に史代さんが書いた手書きの挨拶文があり、「今思い出しても逃げ出したくなるくらい」とある。そうか、そんなに、やはり苦しんだのか。でもそのあとの言葉「ただずっと遠くに暮らす友達からの手紙のように読んで貰えたらいいな、と思いながら描いていました」は素敵です。
・1番びっくりしたのは、すず右手を失くした以降、背景は左手で描いたどのこと。道理で線が歪んでいる。しかし、そうとは思えないほど上手い。しかも、最終ページの方は、まるで効き手で描いているが如く違和感が無い。このことからもアシスタントはほとんど使っていないと思える。
・鉛筆で描いたり、羽ペンで描いたり、そしてリンさんとの別れの場面では、リンさんから貰った口紅で描いたの如く実際に原画は紅い口紅で描かれていた。これは、単行本で読んでいた時は一切知らなかったことである。
・取材ノートが展示されている。一筆で描いたとは思えない、ものすごく上手い絵。
・図録はこういう原画展にしては比較的安かった(1200円)が、ページ数も、内容もとても貧弱。お勧めではない。
・改めて漫画の方はアニメには無い様々な画の実験が施されている。すずではないけど、こうの史代さんはホントに絵が好きなんだと思う。






最終更新日  2018年10月12日 08時00分06秒
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2018年05月15日
テーマ:ニュース(76631)
カテゴリ:カテゴリ未分類


人はどのように「老成」してゆくのか。そのひとつのモデルタイプなのではないか?

「うらをめくるとおもしろいことがあるよ!」某有名ファーストフード店で、このような表示を見たときに、どのように感じて、どのように行動するか?

幾つかのパターンがあると思う。
(1)文字を覚えたての子供のように、ドキドキしながら裏をめくる人。
(2)常に好奇心旺盛なので、青年や大人になっても無条件に裏をめくる人。
(3)好奇心に駆られて過去裏をめくったが、失望して、反感のために、めくりたいけど、めくるのを一生懸命我慢している人。
(4)好奇心に駆られて過去裏をめくったけど、1度見たらもう「こんなもんだな」と見切ってしまって、確認するまでもないと思い込んでしまっている人。
(5)一目見ただけで「子供だましだな」と思い、1度もめくったことがない人。
(6)全ての事に無関心で、こんな表示があること自体知らなかった人。

貴方はどれでしょうか?私は今日(3)から(4)に移っていたことを発見しました。

私は自分のことを「とっても好奇心旺盛な人物である」と分析しています。でも、それはもしかしたら、「人よりもほんのホンの少し好奇心が強い人物」なだけなのかもしれない。私は歳なりに充分「老成」しているかもしれない。もちろん、悪いかどうかはわからない。ただ、若くはない、瞬発力はない、ということを改めて自分に突きつけられた気がしたのである。






最終更新日  2018年05月15日 11時30分48秒
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2017年11月21日
カテゴリ:カテゴリ未分類
ずいぶん前の番組ですが、やっと録画で見たので。
NHK朝イチ イッセー尾形インタビュー(11.8)


(ホントには現代人を演じたいのに、漱石の一人芝居で明治から演じたのは)現代人というのは、どうしても僕に迫ってこない。典型的なのは、スマホに目を落としているから、直感的な、目の窓が見えないんですね。(そういう姿は)パロディにはなるかもしれないけれど、なんかつまんない。もっと本質的な肯定的なものを掴みたいですね。それは「生きる力」「生きている力」です。(明治時代の人たちには)欲望を隠していない。そういうものにもう一度出会いたい。
舞台人として、演じることのできる「現代人」とは、どんなものなのか?私もわからない。
イッセー尾形を改めて見直している。1番最初に彼に気がついたのは「トニー滝谷」の主演だった。村上春樹原作、市川準監督のそれは、しかしサッパリわからなくて、世間の評価が高いのが理解できなかった。次に見たのは、外国監督がつくったとしても、初めて敗戦前後の昭和天皇を描いて主演を勤めた「太陽」である。ただ淡々と演じたその姿、勇気に感動した。そういうわけで、イッセー尾形とは、シリアス俳優だとばかり思っていた。トラさんシリーズの柴又の警官をずっと演っていたなんて、この文書を書くためにフィルムグラフィティーを調べるまで気がついていなかった。
イッセー尾形をジャンルに分けるとしたら、喜劇役者らしい。朝イチでは、様々なドラマの映像と共に、自ら主演・プロデュースしている一人芝居の映像も流していた。漱石の「坑夫」「草枕」「行人」などを一人芝居で演じているのだが、爆笑を誘っているのである。その題材だけでも、かなり理論派の喜劇役者だと推察できる。実際、今年の前半の力作「沈黙」における長崎奉行の姿は、飄々とした佇まいとは180度違う知的な内面を見せて、我々を圧倒した。
笑いを演じるとは、現実を充分咀嚼した上で、相対化し、本質をえぐり、すかし、そして面白みを見せなくてはならない。かなり知的な行為なのだと思う。
彼の演じる「本質的で肯定的な人間の姿」を見てみたい。
いまは、土曜日夕方NHK「アシガール」における、戦国時代の爺の喜劇的な役がお気に入り。あと数回、愉しみにしている。






最終更新日  2017年11月21日 14時49分55秒
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2017年09月08日
カテゴリ:カテゴリ未分類
映画の上映時間に遅れた。

この日は岡山市街に出向いて、1日に2本の映画を見ようと決めていた。久しぶりの1日完全フリーの平日の休日、5日タイムリミットの2本の締め切りが守れたならば、この日をその「ご褒美の日」にすると決めていた。見事、今回は守れた!私は綿密に計画を練った。

平日の朝1番の映画上映時間に遅れることは今迄もあった。一回や二回ならばまだしも、おそらく3回はやったと思う。同じ轍は踏むまい。上映開始は、9時50分か10時。駐車場を見つけて、歩いて行くには、少なくとも9時30分に岡山市内に着かなくてはいけない。この日は8時過ぎに野暮用を済ませて行くので、それを10分と見ると、8時に出れば、いくら渋滞にかかっても大丈夫だろう。そのためには何時もよりは30分は早く起きなければならない。

当日は目が冴えて5時に起きた。二度寝して目が覚めたのが7時過ぎ。でも、8時に出たならば30分間が空いて、喫茶店に行かなくては、とふと思ってしまった。それでつい他の用事をやっていると、いつの間にか8時30分に迫っていた。大丈夫、今迄朝ならば1時間で着いた覚えがある。

ところが、ノロノロ運転時に上映開始を調べると、二つの作品が50分、10時開始と思っていたのが、40分、50分開始だった。大丈夫、5分くらいは遅れても、10分あれば走って間に合う。ところが、私の渋滞予測は完全に当てが外れた。きっちり一時間半かかったのである。もう逆立ちしても間に合わない。

私の「締め切りに間に合わない」クセは、こういう場合にも発揮するのが、このように書いてみてよくわかる。
(1)過去の経験を元に予測するが、上手くいった方を優先させて、結果予測が甘くなる。
(2)途中で雲行きが怪しくなると、次々と楽な方向に軌道修正する。
(3)始める時に限って、次々と用事を思いつく。

因みに、駐車場は全て満杯だったので、時間通りいっても多分無理だったと思う。

因みに、急遽予定を変えて、車で郊外の東宝シネマズに「トリガール」を見にいったが、着いた時に無料ポイントが溜まっているカードが紛失しているのに気がついた。通常料金で、映画を観る気はしなかったので、今、この反省記をスタバで書いている。
 
因みに、午後の予定の映画「幼な子われらに生まれ」はしっかり見ました。モントリオール映画祭受賞も納得の力作でした。









最終更新日  2017年09月08日 12時00分22秒
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