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子宮頸部腺がん 子宮温存治療記

子宮頸部腺がん 子宮温存治療記

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Trachelectomy レンくん424さん
目指せ!ゆるゆるLif… ゆるりーさん
2011.10.24
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退院してからちょうど2週間後、病理の結果を聞きに病院へ行きました。
この時も、お義母さんが一緒に行こうか?と言ってくれましたが、
前回一緒に行ってくれた後、話が難しくて何だか分からなかった、
と仕切りに言っていたし、周りに子宮ガンになった人がいないから、
どうするのが良いのかも分からないと言っていたので、
あまり負担をかけたくないし、確かにある程度知識がないと説明を聞いても分からないし、
無事にこのまま経過観察になるだろうと(この時は)安易に思っていたので
1人で行く事にしました。

診察室に入ると、先生が「今日は1人なの?」と言いました。
先生としては、これから話す結果が良くないのに、1人でいいのかな。。。
と思ったかもしれません。

先ずは内診があり、術後の傷は変わらず問題ありませんでした。
クロマイの処方も1週間分ありました。

その後、先生は病理検査報告書を見せながら、

「あのね、1時~8時までの部分に癌があったと出てるよ。それで、問題なのは
この+とか-の所ね。浸潤があるかどうかなんだけど、5時~8時の4箇所が+なの。
あなたは上皮内ということだったけど、残念ながらIa1期のものが出ちゃってる。
でも、この部分に関しては断端陰性、つまり取りきれてるという結果なんだけど、
ビヨーンと伸びてた1時の部分があったでしょ。そこはできるだけ大きく取ったんだけど
断端陽性という結果だよ。」

私は真っ白になってしまって何も言えませんでした。

「まぁ、レーザーで焼き切っているから、表面に残っている癌細胞が焼け死んでるって
可能性もあることにはあるから、もう少し傷が落ち着いてきてから細胞診をしてみて、
そこで陽性が出ちゃったら、辛いけれど温存はもう勧められないよ。」

「この病院では、こういう治療方針になってしまうんだけど、あなたのようにまだ若い上に
子供がいない人が、はい取ります、とはならなくて当然だよ。だから、他の病院の意見を
聞いてみるかどうか、家族の人とよく話し合ってみて。」

円錐切除したら無事に終わると思っていたのに、すごくショックでした。
本当に、子宮を取らないといけないのか、帰ったらみんなに何て言えばいいんだろうとか、
すごく不安になりました。

しかも、そういう時に限って、病院の会計時に知り合いに会ってしまいました。
しかもしかも、あまり会いたくない人に。。。
私が仕事をしていた時の後輩で、とにかく口が軽い。
そして、妊娠してしまい少し前に結婚したという話で、現在臨月。。。

声を掛けられて、とっさのことに「久しぶり~。じゃあね~。」とだけ言って
立ち去ってしまった私。。。 この人だけには病気を知られたくないと思ったので。。。

何で、子供が欲しい私は子宮を取らないといけなくて、
別に欲しいと思っていなかった彼女が妊娠しているんだろうと
すごく皮肉に思いました。

そんな風にしか思えない自分にもすごく嫌な気持ちになりつつ。。。


帰ってから、心配しているだろうお義母さんに電話で話しているうちに大泣きしてしまったので、
「こんな時に1人で行かせてごめんね、1人で受け止めるのは辛かったろうに。
今から迎えに行くから待ってて。」
と言ってお義母さんが迎えにきてくれて、主人の実家に行きました。
1人でいるのは辛いだろうとの気遣いで、主人が帰ってくるまで居させてもらいました。
主人には、お義母さんから連絡してくれて、事情も話してくれました。

夜になり、主人が迎えに来てくれて一緒に帰りました。

とりあえず、癌専門病院にセカンドオピニオンに行こう、という事になりました。

主人は、この時点で既に全摘してほしいという気持ちが固まっていました。
セカンドオピニオンには行くけれど、あくまでも全摘を基本に、という考えでした。

私は、とにかく温存する方法はないものか、それが私には適応になるのかどうか、
より一層インターネットにかじりつく日々が始まりました。
そして、トラケレクトミーという手術と、PDTという治療があると分かり、
その2つについて調べたり、経験された方のブログを片っ端から読みふける日々が続きました。

自分に適応されるかどうか分かりませんでしたが、同じ病気になった方々のブログは、
私にとって心のよりどころのような存在になっていました。
私と同じように、諦めたくない気持ちや不安な気持ちは、
経験した人にしか分からないんだろうと思いました。

主人は、子供がいなくても、夫婦2人で幸せにやっていくことは考えられるけど、
私のいない1人の人生は考えられない、だから温存する方法があるとしても、
根治の確率が1番高い全摘にしてほしい、と言っていました。

私が逆の立場だったら、主人と同じように考えたと思います。
だから、主人がそう思う気持ちは理解できました。

私も、子宮を温存することに固執しすぎないように、なるべく冷静に情報収集するように
していました。あまりにもリスクが高いようなら、諦めて全摘にしようと思いつつも、
でも本当に全摘しか方法がないと分かるまでは最後まで諦めたくありませんでした。

そんな日々の中で、不安に駆られて泣く事も増え、
子供と触れ合うこともできなくなり、姪っ子と会うことも避けるようになりました。
先が見えず、精神的にはどん底の状態でした。





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最終更新日  2011.11.03 14:40:43
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